済生会総研News Vol.72

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第71回 人権の本質

 済生会事業の実施に当っては、人権尊重を基本にしなければならない。済生会事業は、医療と福祉であるが、いずれも人間の生命や生活に深く係わることであるので、人権問題に直結する。人権尊重を基本とすれば、サービスの質は自ずと向上させることができる。
 しかし、日本の医療や福祉の現状を見ると、それに反する事実に接する。最近明らかになったことで言えば、東京都八王子市に所在する精神科病院「滝山病院」で発生した看護師による患者暴行事件がある。新聞報道によればかなり以前から暴行が繰り返されていた。精神科病院は閉鎖的な環境にあるので、より一層人権問題に注意を払わなければならないのに、この病院では全く徹底されていなかった。病院の経営陣は、人権について理解がなかったと批判されても仕方がない。
 人権について理解するためには相当の努力を要する。1時間くらいの研修を受けた程度ではお話にならない。いわんや「人権は常識でわかる」とうそぶく人に出会うが、論外である。
 最近、人権自体が揺れ動いている。人権は、17世紀以降歴史の中で発展し、国際社会の普遍的な価値になり、すべての国の行動規範になった。しかし、近年ロシアの国際法を無視したウクライナ侵略、中国での反スパイ法の制定などにみられるように専制主義国家における人権無視の状況が見られる。
 世界は、民主主義国家と専制主義国家に分断し、対立する構造になった。両者を区別する基準は、人権を尊重するか否かである。日本は、民主主義国家の中心を占める国として模範を示さなければならない。
 しかし、現状は、多くの制度的な問題が存在する。昨年10月には国連障害者権利委員会から日本政府に対して早急にインクルーシブ社会を実現すべきだという多数の項目にわたる勧告が出された。また,今年2月には総理秘書官のLGBTQ差別発言がなされ、G7サミット参加国では日本が唯一LGBTQ差別禁止法を制定されていない国として国際的な批判を受けた。
 人権は、常に変化しながら向上していく。今は、民主主義国家陣営が互いに競い合いながら人権の向上に努めている。強制労働によって栽培された綿花を輸入しないという具合に互いに監視している。これを守らない企業は、市場から追放される。また、いずれ専制主義国家も内部から人権の尊重の動きが発生し、民主主義国家に加わってくるのが歴史の必然だろう。
 日本は、法整備を進めるなど取り組みを強化しなければ、他の民主主義国家から批判されることになり、国家の未来は危うくなる。

研究部門 済生会総研 上席研究員 原田 奈津子

アウトリーチ支援 ―鴻巣病院での取材に同行して

 先日、済生会のホームページにある「ソーシャルインクルージョン シンク!」(本部事務局の総合戦略課が所管している)での取材に同行した。取材内容は、埼玉県済生会鴻巣病院で埼玉県の受託事業として行なわれている「精神障害者福祉型訪問支援強化モデル事業」の「アウトリーチ支援」についてであり、さまざまなスタッフから話を聴くことができた。詳細は、上記のソーシャルインクルージョンのページに掲載されるが、私なりに「アウトリーチ支援」について考察していきたい。
1.アウトリーチとニーズ
 アウトリーチ(outreach)とは、もともとは外に手を伸ばすという意味で、専門職が支援の必要な人にアプローチするということで使われることが多い。一言で説明すると、専門職が出向くことであり、社会福祉士の養成のカリキュラムでも、非常に重要視されている。特にニーズの発見が大きな鍵となる。
 福祉のニーズには、いろいろな分類の仕方があるが、顕在的ニーズと潜在的ニーズで考えるとわかりやすい。顕在的ニーズとは、本人も自覚しており、表出されているものを示す。潜在的ニーズとは、本人が自覚できているが社会的孤立などの理由で表に出てこない状況にある場合と、ニーズはあるが本人に自覚がなく隠れている状況にある場合がある。顕在的ニーズを抱えた人であれば支援につながりやすいが、潜在的ニーズを抱えた人は支援につながりづらいとされている。そのため、アウトリーチが不可欠である。ニーズを抱えた人の状況を把握し、どの段階での支援が必要かを判断することになる。さらに支援を進める上では、多職種や他機関との連携が必要となる。
2.鴻巣病院でのアウトリーチ支援
 鴻巣病院では、アウトリーチ支援として訪問支援を中心に、主に精神疾患が疑われるが精神科受診歴がない方や精神科医療を中断している方などへのアプローチを行なっていることがわかった。医療や福祉につながっていない段階からの支援や、ピアスタッフを含めた多職種チームでの対応などを行なっているのが大きな特徴である。ピアスタッフとは、ひきこもりなど当事者の立場での経験がある人であり、支援において大きな役割を担っている。
 また、鴻巣病院の対象エリアにおいても、高齢者の介護問題などを端緒に、他の家族に関するひきこもりなどの対応要請など、家族の抱える複合的な課題に気づく上で、地域包括支援センターが重要な存在であることが明らかになった。
 地域の他の社会資源(病院・施設・行政など)との連携も、このアウトリーチ支援をすすめる上で重要であるということが示された。

人材開発部門

「看護部長・副校長研修」開催 看護室

 「看護部長・副校長研修」が4月20・21日(21日は看護部長のみ)に開催された。
 20日は、厚生労働省医政局看護課の習田看護課長と日本看護協会の福井会長より「これからの看護」という内容でご講義頂いた。参加者は、対面で看護部長82名・副校長7名とWEBで訪問看護ステーション管理者、乳児院院長、障害児施設療養部長も参加し計133名の管理者が参加した。
 21日は、講師の時間の関係で看護部長会の総会終了後の時間で約40分、全国済生会病院長会会長園田院長に「看護部長に望むこと」で講義をして頂いた。この講義にあたり園田院長は、全国の院長にアンケートを行い、看護部長に対する思いやこれからの方向性について語って頂き、身近な院長の声として個々の看護部長が「これからのマネジメントに活かしたい」と感想を述べ終了した。

―編集後記―

 済生会本部の最寄り駅の1つに都営大江戸線の赤羽橋駅がありますが、その大江戸線に少し前に、女性専用車が登場しました。
 都営地下鉄のホームページによると、「女性専用車は、平日朝の通勤・通学ラッシュ時に運行しています。この車両は、女性のお客様のほか、小学生以下のお客様、お身体の不自由な男性のお客様とその介護者の方もご乗車いただけます。」となっています。出典:都営地下鉄https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/subway/kanren/women.html
 他の路線では、先頭車両など両端に設定されることが多いようですが、大江戸線では、4両目に設定されており、階段のすぐ近くなど便利な場所に位置しているからか、飛び乗ったサラリーマンが気まずげに隣の車両に移るのを見かけます。通勤ラッシュも以前のように戻ってきた社会状況の中、いろんな形での配慮や公平性などのバランスについて考える今日この頃です。
(Harada)

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