済生会総研News Vol.71

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第70回 インクルーシブ社会保障への途

 最近、「全世代型」社会保障制度という言葉が使われる。今国会にこれを実現するための法案が提出された。これは社会保障制度の給付が高齢者に偏っているので、子ども関係施策に財源を振り向けるなど社会保障制度の効果を全世代に広く行き届くようにするという趣旨である。
 しかし、私は、この言葉に違和感を禁じ得ない。本来社会保障制度の目的は、ベヴァリッジ報告が述べたように「揺りかごから墓場まで」を保障することで、すべての人を対象にしている。現行制度もすでに全世代型である。財源の配分だけの問題である。
 日本で社会保障制度が、今さら全世代型を目指すと強調せざるを得なくなったのは、社会保障の負担を巡って若い世代と高齢世代の対立が深まったこともあろう。「社会保障制度を全世代型に改め、広く対象にした」とPRすることで、若い世代の不満を和らげようとする底意があるのではと邪推してしまう。
 社会保障制度は、何らかの理由で困難な状態に置かれている人を社会全体で助ける制度である。社会の構成員の連帯があってこそ成り立つ制度である。実際に国民年金法では第1条で次のように規定されている。

 国民年金制度は、日本国憲法第二十五条第二項に規定する理念に基き、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。

 介護保険法でも第1条の目的規定に「国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け」と規定されている。
 現行の社会保障制度の根幹を支える生活保護法、国民保険法、国民年金法等は、1950年代に制定されたものである。いずれの制度も当時の経済・社会構造を基礎にしている。例えば家族・親族の構成人数や相互扶助関係、農業や自営業が大きな比重を占めた就業構造、一般的だった年功序列や終身雇用などがある。
 これらは、今日では変化している。70年前の制度のままだと、社会保障の本来の目的を果たせない。それだけでなく経済の停滞、少子化の進行を招いている。社会保障の基礎である人のつながりを弱体化させてしまう効果もある。例えば生活保護の支給決定に当たって全く疎遠になった親族への扶養照会は分かりやすい例である。
 このため現在緊急の課題は、今日の状況に合致した「インクルーシブ社会保障制度」に改革し、人のつながりの強化し、すべての人が積極的な社会参加を促す制度にすることである。

研究部門 済生会総研 研究部門長 山口 直人

医師の時間外労働時間への上限規制導入まで1年を切る

 済生会総研では、「済生会病院医師の働き方の実態と今後の在り方に関する研究」を2018年に開始し、2度の医師調査と施設調査を行うなどして、済生会病院における働き方改革の進捗を調査し、病院の働き方改革を支援してきました。勤務医師の時間外労働時間への上限規制が導入されるまで、いよいよ1年を切りましたので、実践的に何をどのように勧めたらよいか、概略を情報提供します。
 令和6年4月から導入される勤務医師の上限規制は休日を含めた時間外労働を年間960時間/月100時間未満と定めています(A水準)。ただし、都道府県知事の指定が得られると、「地域医療確保暫定特例水準」として、B水準と連携B水準の特例水準が認められます。ほかに、集中的技能向上水準(C-1水準、C-2水準)がありますが、ここでは、紙面の制約上、B・連携B水準について説明します。
 済生会病院では既に、タイムカードなど、医師の出勤・退勤を客観的な方法で把握するシステムが導入されていることと思います。万が一、未だ導入されていない病院がある場合には、やむを得ない措置として、最低限、出勤時刻と退勤時刻を医師が自ら記入する方法の導入が必要です。そして、タイムカードなどが導入された後に、自己申告と客観的に把握された時刻を照合して自己申告が妥当であることを示せばよいとされています(労働時間の適正な把握 のために 使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)。また、労働時間に含まれない研鑽の時間を把握する手続きをすでに開始している場合には、労働時間に含まれない研鑽の時間を引き算します。宿日直許可が得られている場合には、許可が該当する時間数も引き算します。逆に、副業・兼業を行っている医師については、その時間数について、暫定的でも構いませんので、自己申告してもらい、その時間を自院における勤務時間に通算して、各医師の時間外労働時間を算出します。
 既に、医師の出勤・退勤時刻が把握されているとして、これまでの休日を含む時間外労働時間の統計を、副業・兼業の時間を含めて、医師個人別、月別に集計する必要があります。この集計を行った結果、すべての医師が上述したA水準を満たしていることが明らかになった病院は、安心して、来年4月を迎えることができます。
 次に、過去のデータから、A水準の超えてしまう医師がいることが判明した場合には、これから来年3月末までの間に、超過した医師全てについて、A水準まで時間外を減らすことができるかどうか、病院を挙げて検討する必要があります。その際に、作成義務はありませんが、医師労働時間短縮計画を作成することが有用です(詳細は、「厚生労働省.医師労働時間短縮計画作成ガイドライン第1版、令和4年4月」をご参照ください)。
 ここまで検討して、どうしても来年3月末までにA水準を達成することが困難な医師がいる場合には、B水準(自院の時間数だけでA水準を超える場合)あるいは連携B水準(自院の時間数はA水準に収まるが、副業・兼業の時間を通算すると、A水準を超えてしまう場合)の指定を受ける必要があります。
 ここからは、B・連携B水準の指定をとるための手順を簡単に説明します。まず、先ほど述べた医師労働時間短縮計画は、法令上は令和6年度から作成義務がありますが、令和6年度の計画を策定するためには、令和5年度の勤務時間短縮計画が必要となるために、実質的には今年度(任意の時期から年度末まで)の計画を作成する必要があります。
 都道府県知事からB・連携B水準の指定を受けるためには、医療機関勤務環境評価センター(以下、評価センター)に申請して、審査を受ける必要があります。詳細は「医療機関の医師の労働時間短縮の取組に関するガイドライン(評価項目と評価基準)解説集」をご参照いただくとして、最も重要なポイントは、初回審査の評価項目76項目のうち、18項目の必須項目があることです。この必須項目に1項目でも×がつくと評価保留となってしまいます。初回審査は原則、書面審査のみで行われ、自己評価結果と、その根拠となる提出資料が重要となります。必須項目がどのような場合に×となるか、上の解説集で確認することが極めて重要です。
 B・連携B水準の指定を受けるのに要する時間は、評価センターに申請してから審査を受けて承認を得るまで最短で4か月程度かかり、その後、都道府県に申請して指定を受けるまでに2か月程度を要すると言われています。したがって、最短でも6か月を要します。3月に指定を受けることを考えると逆算して9月には評価センターに申請を出す必要があります。自己評価結果、添付資料に不明点があると、差し戻されて確認作業に入りますので、それだけで審査が1か月は伸びることになります。そのようなことも考えますと、7月には評価センターに申請することをお勧めします。そして、未だ準備が整っていない病院におかれましては、医師労働時間短縮計画の作成と、必須項目18項目の確認を早急に開始することをお勧めします。

参考資料を入手できるサイトです:
医療機関勤務環境評価センター
https://sites.google.com/hyouka-center.med.or.jp/hyouka-center/
いきサポ
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/information/explanation
医療機関勤務環境改善支援センター
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/outline/work-improvement-support-center

―編集後記―

 年度末の桜が舞う中、アルカディア市ヶ谷にて行われた潮谷義子会長の叙勲受章をお祝いする会に出席してきました。福祉分野の重鎮をはじめ、学生時代からのご友人という方々もいらしており、穏やかで和やかな会でした。
 潮谷先生が「いのち・健康・暮らし」に軸足を置いた教育や研究ということをいつもおっしゃっていたのを思い返し、より一層精進せねばと誓う帰り道でした。
(Harada)

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