済生会総研News Vol.70

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第69回 概念の明確な理解

 私は、日本で最初に行政分野で「ソーシャルインクルージョン」の概念を導入した。
 ソーシャルインクルージョンの重要性を認識したのは、2000年1月に英国政府の招きで社会保障の意見交換で出張した時である。当時、旧厚生省の社会・援護局長だったが、保健大臣、国会議員、保健社会保障省やロンドン市等の幹部と活発に話をすることができた。そのときすべての人から「英国はソーシャルインクルージョンの実現を目指している」という発言があった。
 それまで英国には4年間滞在し、英国の社会保障の状況を研究してきた。30代の研究心旺盛でエネルギーがあふれていたので、研究に没頭できた。だから英国の社会保障は熟知しているつもりだったが、ソーシャルインクルージョンという言葉さえ気がつかなかった。
 この概念が必要になった背景を聞いてみると、当時の英国の社会情勢にあったが、それは日本と全く同じだった。1990年代から英国社会では貧困者、若年失業者、障害者、外国人、ホームレス、薬物依存症等の社会にとって異質な人が社会的排除を受けている状況があった。これが英国の伝統的コミュニティを崩壊させ、さらには国家を衰退させるという危機感があった。
 これは日本にも生じている現象だった。当時の私もこの問題を認識しながらも効果的な解決方法が見い出せないでいた。それが英国でも全く同じ問題を抱えていたとは驚きだった。と同時にソーシャルインクルージョンの考え方を早急に日本に導入すべきだと英国出張中に思いを強くした。そこで2000年12月に旧厚生省から日本社会におけるソーシャルインクルージョンの概念の重要性を説いた文書を発表した。
 その後ソーシャルインクルージョンは、障害者権利条約、SDGs、オリンピック・パラリンピックのように広く世界の政治理念に定着している。しかし、日本では理解が進んでいない。最大の理由は、生起している深刻な社会課題から目をそらしているからである。だからソーシャルインクルージョンの概念も明確に理解されない。障害者権利条約で使われているソーシャルインクルージョンを「社会的包容」と翻訳している。昨年10月には国連から誤訳であると指摘される結果である。
 研究は、正しい概念の理解から始まる。日本の社会保障の分野では概念が明確でないために混乱を招いた例が数多くある。最近の例で言えば「地域包摂ケア」、昔の例で言えば「リハビリテーション」である。概念の混乱がその後の研究や実践を妨げる結果になった。

研究部門 

研究評価委員会報告

 3月15日に研究評価委員会が開催され、済生会総研の令和4年度の研究活動について評価を受けると共に、令和5年度の研究実施計画に対する御意見をいただきました。
 以下がその課題一覧です。

令和5年度の課題一覧

【重点課題】 総研として重点的に取り組む課題

重点課題1. DPC等の大規模データを活用した診療支援
(1) 診療サービス13指標の作成と公開
(2) DPCマンスリーレポートの作成と公開
(3) 医療・福祉の質の確保・向上等に関する指標の作成と公開
(4) 医療・福祉の質の確保・向上等に関する指標の活用促進
(5) 済生会における新型コロナ感染症対応に関する分析

重点課題2. 地域での暮らしを支える医療と福祉の連携
  ―済生会の特徴をいかした地域包括ケアモデルの確立に向けて―

重点課題3. なでしこプランとソーシャルインクルージョンの展開と課題
  ―地域の特性に応じた各地の取り組みから―

【連携課題】 総研と他機関・研究者とが連携して取り組む研究

連携課題1. 科研費に基づく済生会職員の研究

(1) リアルタイム脳波解析を用いた譫妄モニタリングと革新的な予防的治療法の創出
総研客員研究員・静岡済生会総合病院救命救急センター副センター長 足立裕史

(2) 周術期アナフィラキシー反応症例の発生頻度調査
総研客員研究員・済生会松山病院麻酔科部長 鈴木康之

(3) 機会学習を用いた入院日数管理支援システムの開発-消化器癌の周術期DPCデータ探索
総研客員研究員・水戸済生会総合病院外科主任部長 丸山常彦

(4) 安全かつ迅速で正確な腹腔鏡手術のための革新的上方照明システムの有用性の検証
総研客員研究員・済生会松山病院外科主任部長 高井昭洋

(5) 放射線画像診断における生命を脅かす危険性のある偶発的所見の特性に関する疫学的解析
総研客員研究員・済生会横浜市南部病院客員研究員 鳥本いづみ

(6) 精神科診療における生理学的バイオマーカーの利用 総研客員研究員・静岡済生会総合病院精神科部長 榛葉俊一

連携課題2. 総研と済生会内部の組織が連携して取り組む課題

(1) 福祉施設における看取りの現状と課題

(2) 済生会薬剤師会と済生会総研との連携課題

1 済生会福祉施設における服薬等に関わる調査(薬剤部対象)

2 済生会高齢者福祉施設および済生会児童福祉施設における服薬等に関わる調査(福祉施設対象)

3 済生会病院におけるプロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM :Protocol Based Pharmacotherapy Management)による有効性評価(薬剤部対象)

(3) 福祉施設における次世代幹部職員の養成に関する研究 本部事業推進課(人材確保対策委員会)と済生会総研との連携課題

連携課題3.外部機関との共同研究

(1) 新型コロナウイルス感染症患者の重症化因子の同定および経過中の精神科疾患発症に関する研究 総研と慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室(代表者 内田裕之)との共同研究

【個別課題】 総研職員が個別的に行う研究

(1) 福祉施設における被災時の「受援」に関する研究

 済生会総研は、実践的な研究を目指し、保健、医療、福祉を担う済生会施設の活動の支援を目指していきます。済生会内外の施設との研究ネットワークを構築して共同研究を推進しますので、引き続き済生会総研へのご支援をよろしくお願いします。

人材開発部門

MSW・生活困窮者支援事業研修会 社会福祉・地域包括ケア課

 令和4年度MSW・生活困窮者支援事業研修会が3月3日開かれ、MSW53人が参加した。
 済生会呉病院の平田正彦氏、済生会習志野病院の村田智美氏が、各施設の無料低額診療事業、生活困窮者支援事業の実践状況を報告した。
 そのあと、グループワークを行い、生活困窮者の見えにくい課題に対する実践の振り返りを行った。ファシリテーターは、実践報告をしていただいた平田氏・村田氏に加え、済生会滋賀県病院の川添芽衣子氏、福岡総合病院の宗像美緒氏、済生会本部の鈴木孝尚が担当した。
 午後の講演では、炭谷理事長が「済生会におけるMSW事業の理論と方法」と題して講演し、「済生会のMSWが日本のMSWをリードしてほしい」と強い期待を述べた。
 二つ目の講演では、日本社会事業大学・小原眞知子教授が「倫理綱領から振り返るソーシャルワーカーの視点と役割」と題して講演。ソーシャルワーカーが担うべき役割や、倫理綱領の背景やグローバルな視点について、現場レベルに落とし込みながら学ぶことができた。
 講演後の2回目のグループワークでは、倫理綱領や済生会の理念を踏まえたMSWの実践について話し合った。
 参加者からは「倫理綱領は今まで何となくの理解でしかなかったが、初めて生きたものに感じられた」「済生会のMSWとして何をすべきか、自分なりの考えを形作るのに非常に大事な研修だと実感した」などの感想があがった。

―編集後記―

 あっという間に桜の開花時期になりました。今年はグループでの花見を解禁された公園も多く、そのため、花見に関するグッズや食べ物も店先で見かけるようになりました。
 雨の日も多く、なかなかいい写真が撮れなかったのですが、曇りの合間にようやくパチリとおさえました。桜と空とビルの風景も様になっている気がします。
(Harada)

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