済生会総研News Vol.51

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第50回 在宅ケア論の弱点

 新型コロナは、日本の医療、福祉などあらゆる面における欠陥を表面化させている。
 8月初め、政府は、新型コロナ感染者について中等症の患者は、自宅療養を基本にすると発表したところ、各方面から十字砲火を浴び、軌道修正を迫られた。しかし、現実に新型コロナ感染者は、その後も急増し、療養先である病院や宿泊施設が決まらず、自宅療養せざるを得ない患者が増加している。
 そこで問題となるのは、往診、訪問看護などの適切な在宅支援が得られるかだが、保健所による支援体制や在宅医療に関わるマンパワーが、不足している現状では大きな不安が残る。
 近年、日本では医療・介護・福祉の分野では病院や福祉施設から在宅ケアに移行する政策が進められている。人間の尊厳性やQOLの向上から理論的には正しい方向だが、現実的には問題が生じる。
 まず、住居の劣悪さである。狭隘(きょうあい)な住居が多く、介護用のベッドが置けず、段差が多い。エレベーターのないアパートの階上に住む高齢者も多い。ひとり暮らしの高齢者が多く、これらの人を見守り、世話をする人に欠ける。在宅医療やケアに従事する医師、看護師、ホームヘルパー等も著しく不足している。「ない、ない」尽くし。これについては、コミュニティケアが整備されているヨーロッパの経験に学ぶことが多い。ヨーロッパでもコミュニティケアが、容易に達成されたわけではない。
 イギリスの場合を挙げると、コミュニティケアの推進が提唱されたのは、1948年のNHS(ナショナルヘルスサービス)の発足時であるから、日本とは歴史が全く違う。NHSでは病院での医療体制を整備する一方で、家庭医(GP:General Practitioner)を中心にヘルスビジター(訪問保健師)や訪問看護師の充実に力点を入れてきた。
 この結果、医療面では体制が整備されてきた。しかし、ホームヘルパーやソーシャルワーカーが不十分で、福祉面では施設ケアに偏っていたのが、50年前の状態だった。そこで政府は、法律の制定や整備計画の策定などコミュニティケアの充実に努力をした結果、今日の状態に至っている。
 コミュニティケアの実現に注いできたエネルギー量は、日本と比較できない。そもそも在宅ケアの基礎になる住居水準は、比較さえできない。日本は住居の確保は、自助努力に任せられてきたが、イギリスの場合は重要な社会政策として住宅政策を1世紀以上にわたって推進してきた。
 日本の在宅ケア論は、机上の空論に終わるだけでなく、実害をもたらす。遅すぎたとは言え、根本的なところから政策を再構築すべきである。

研究部門 済生会総研 研究員 吉田 護昭

1.済生会重症児者施設職員による事例検討会の有効性に関する実証研究

【背景】
 重症心身障害児(者)施設(以下、「重症児者施設」)には、医師や看護師、保育士や介護福祉士など多くの専門職が配置されている。また、重症心身障害児(者)(以下、「重症児者」)の特徴から、それらの専門職らは高度な専門性と多岐にわたった支援が求められる。そのため、重症児者一人ひとりの細かな情報を捉え、理解を深め、多職種間で情報共有し、チームとなって支援を展開することが重要となる。
 重症児者の支援を通して、高度な専門性と多岐にわたった支援が求められるなか、専門職らは様々な迷いや葛藤、悩みを抱えながら、日々実践しているのではないかと思われる。こうした専門職らの迷いや葛藤、悩みなどを解決する方法として、いくつか考えられる。例えば、上司や同僚への相談、施設内での勉強会、外部研修会への参加、カンファレンスなどがある。
 しかしながら、日々行わなければならない業務も多く、自らの実践を振り返る時間や機会がどれほどあるのだろうか。おそらく、そうした時間や機会はあまり多くないのではないかと思われる。
 そこで、筆者が実践者として実践していた時のことを振り返ったところ、「事例検討会」が浮かび上がった。筆者自身の所見であるが、自らが抱えた迷いや葛藤、悩みなどを解決する方法として、「事例検討会」が最も良かったのである。事例検討を通して、入所している重症児者のアセスメントを深め、事例検討した後においても実践が即可能であること、自らの実践を振り返りができること、重症児者へのよりよい支援の提供が可能となること、他施設の職員からの意見も聞くことができることなどの観点から、事例検討会を開催することに意義があるのではないかと考えた。また、2019年から筆者のすすめている研究テーマ(重症児者のアセスメントに関する研究)とも合致する。
【先行研究】
 「事例検討」に関する先行研究について、CiNii(サイニィ)で検索した(2021 年6月9 日閲覧)。
 「事例検討」のみのキーワードでは2,551 件となった。そして、「事例検討」に加えて、いくつかのキーワードとして検索した結果、看護師(149 件)、保育士(13 件)、介護福祉士(4 件)、社会福祉士(6 件)、ソーシャルワーカー(24 件)、サービス管理責任者(0 件)、重症心身障害児(者)施設(2 件)、重症心身障害児(者)(6 件)となった。
 件数のみの結果ではあるが、看護師における事例検討は多く、福祉職における事例検討は少ないことが明らかとなった。また、重症心身障害に関する事例検討に関する先行研究も少ないことが明らかとなった。
【目的】
 済生会の重症児者施設職員による事例検討会を実証的に実施し、その有効性について検証することを目的とする。
【意義】
 ①事例検討会後から実践が可能となる。
 ②自らの実践を振り返ることによって、新たな気づきや知見が得られる。
 ③新たな視点を持って入所児者やその家族に対してアセスメントでき、これまで以上に、よりよい支援の提供が可能となる。
 ④各施設においても、今後、定期的に事例検討会の開催をおこなうことで、職員全体の底上げや新人教育にも活用できる。
【方法】
 事例検討会を実証的に実施し、実施後の有効性について、参加者で討議する。
(1)参加者の条件
 ・研究趣旨に同意していただける施設(各施設2名を上限とし、職種は問わない)
 ・重症心身障害分野での経験年数が5年以上
(2)開催方法
 Web会議システムZoomを利用する。
(3)開催日
 年2回(10/25と12/13)、1回2時間予定

2.入所児者とのかかわりを通して抱える職員の「わからなさ」に関する研究

【背景】
 令和2年度は、研究協力の得られた済生会の重症心身障害児(者)施設「以下、(重症児者施設)」の職員11名(調査協力者)に対して、インタビュー調査を実施した。その結果、11名全員が、入所児者それぞれが示す反応や表出を捉え、その意味を理解し、職員間で情報共有を行い、チームで支援していることが明らかとなった。
 一方で、反応や表出がほとんどない、または全く見受けられない入所児者に対して、職員はどのように捉えたらよいのか、また、捉えることができても、それらが意味していることが何であるか、自分のかかわり方が良いのか否か、といった迷いやわからなさを生じていることも明らかとなった。その迷いやわからなさを解決するために、職員間で情報共有や情報交換をしている。しかしながら、それでもなお、入所児者の反応や表出の意味がわからない場合もあり、迷いやわからなさのサイクルから抜け出せずにいることの課題が浮かび上がった。
【目的】
 入所児者とのかかわりを通して、職員が抱える「わからなさ」に焦点をあて、「わからなさ」の実態を明らかにする。そして、昨年のインタビュー調査結果を含め、「わからなさ」から抜け出す手立てとしてのチェックリスト(指標)を作成する。
【意義】
 チェックリスト(指標)を作成することによって、これまで以上に入所児者個々の新たな気づきや発見、支援方法を見出すことが可能となり、より良い支援の提供にもつながると考える。
【方法】
 昨年度の調査協力者11名に対して、インタビューガイドを用いて、Zoomを活用し、インタビュー調査を実施する(9/14)。

人材開発部門

令和3年度新任看護師長研修

 令和3年度新任看護師長研修を7月14日~16日に、本部でオンラインにて開催した。今年度は60病院及び訪問看護ステーション、介護老人保健施設から63名の新任看護師長の皆さんが参加した。
 1日目は、炭谷茂理事長が基調講演で「新型コロナが長期化している状況こそ、済生会は地域包括ケアのトップリーダーとして総合的な医療・福祉サービスを提供し、病院・福祉施設機能の拡大に努めなければならない」と訴えた。
 次に、加藤看護師社労士事務所・加藤明子氏が「労働法と看護管理」を講義した。基本的な労働法と新型コロナウイルス感染症の対応の様々な特例措置について解説した。
 2日目は、東京都看護協会教育部部長補佐・栗原良子氏が「人材育成」の講義をした。看護師長に昇格したという偶然の出来事を、柔軟に受け止め、自分自身のチャンスに変え行動していくことである。
 「看護師長になり、経験した嬉しい出来事」をテーマにグループで話し合った。現場で経験したこの学びは自身への成長へとつながる。さらに、スタッフ・上司との関わりの中での気付きから成長していくのである、というメッセージであった。
 次に、唐津病院看護部長・岩﨑理佳氏が「看護部長のマネジメント 看護管理者に期待する役割―管理者としての1歩―」の講義をした。
 看護管理者の役割は、社会情勢の動きや保健医療福祉体制の変化を理解し、分析を深く行い、患者や家族のニーズの変化を俯瞰(ふかん)し、ビジョンを持って役割を果たすことである。そして、自分を知り、管理者になるという覚悟をもつこと、管理を楽しむことも大切である、というメッセージであった。
 3日目は、東京外国語大学・市瀬博基氏に「ポジティブ・マネジメント―自ら考え、行動し、助け合う組織をつくる―」の講義が行われた。ストレス・マネジメントとレジリエンス、マインドフルネスについて解説した。傾聴の演習や6~7人のグループメンバー間でアイデアを広げ、つなげることを目的としたワールドカフェを行った。
 職場の学びと成長は、協働と対話から生まれ、そこから仕事の「意味」を見出すことをサポートしていくことが必要と語った。

―編集後記―

 6月下旬、都内の特別支援学校で開催された「ユニバーサル野球」の体験授業に参加をしました。児童生徒や教職員、関係者のみなさんが一体となって、野球を思う存分、楽しんでいたことがとても印象的でした。特に、児童生徒さん一人ひとりの笑顔は、とても癒やされました。この場をお借りしまして、体験授業に参加させていただきましたことに、感謝申し上げます。
「ユニバーサル野球」については、「ユニバーサル野球」のホームページhttps://universalbaseball.world/about/、体験授業の模様については、東京新聞Webページhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/115293をご覧ください。

(吉田護昭)

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