済生会総研News Vol.52

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第51回 児童虐待研究の後進性

 研究は、問題の実態を正確に把握することから始まる。
 全国の児童相談所が2020年度に対応した18歳未満の子どもへの虐待件数は、前年度よりも1万1千件増えて、20万5,029件になったと厚労省が8月下旬に発表した。調査が開始された1990年度は、1,100件であったので、30年の間に200倍という驚異的な増加である。
 急増した理由は、研究者や行政によって色々と挙げられる。行政関係者からは、児童虐待に対する関心が高まりをまず挙げる。
 確かにこれは否定できないが、もっと深い理由を見逃してはならない。
 イギリスは、児童虐待問題の歴史が古いだけあって、法律や制度の整備は進んでいる。これに合わせて研究の蓄積が豊富で、おそらく世界でトップに位置する。
 私と交流のあるレーミング卿は、福祉行政一筋で歩いた。地道な活動が評価され、退官した時にブレア政権によって貴族院議員に叙せられたと手紙で知らせてくれた。彼が委員長としてまとめた「レーミング報告」は、児童虐待の的確な分析をもとに対策の方向を示した。今日のイギリスの児童虐待対策の基礎になっている。
 イギリスの保健省は、児童虐待の背景として、①子どもの発達上の問題 ②親の養育能力 ③家庭状況の3分野に分けて分析している。
 私は、日本の場合、①は、発達障害に注目している。これに対する親や周囲の無理解から児童虐待につながるケースは多い。②は、失業や社会不安等からストレスの増加やアルコール依存症を抱えた親、育児知識に欠ける母親の増加がある。③は、地域での社会的孤立の進行、貧困家庭の増加などである。
 いずれも最近30年間で変化してきたことである。2020年度の増加について新型コロナにより親子が自宅で過ごす時間の増加を挙げられる。これも影響しているが、増加の大半の理由は、日本社会の経済・社会構造の大きな変化である。
 今回、厚労省によって発表されたときは、新聞各紙は、大きく報道し、社説で論評した。しかし、政府からの見解の発表は、見つからなかった。危機意識が薄いのではないだろうか。20万件という数字を軽視してはいけない。
 現在、政府は、児童相談所の強化や警察、学校、医療機関等との連携強化など対症療法的な対策を講じているが、背後に存在する日本の経済・社会構造の変化をとらえた政策がないと、根本的な解決には到底ならない。
 日本の児童虐待研究は、イギリスと比べると、30年以上の遅れが生じている。効果的な対策が立てられるためには研究の進展が必要である。

研究部門 済生会総研 上席研究員 原田奈津子

地域包括ケアの構築と推進に向けて

はじめに
 これまで筆者は、済生会の施設を対象とした地域包括ケアに関する研究に取り組んできた。病院の医療ソーシャルワーカー(MSW)や福祉施設の施設長および生活相談員等に対して質問紙調査を行ってきたが、今後は在宅サービス事業所の職員への調査を予定している。現段階では、地域における「医療と福祉」および「医療と介護」の一体的な提供体制に対して課題があることが明らかになっている。また、自由記述から、退院後の生活、住み慣れた場所での暮らしについて、看取りを含めて検討していく必要があることがわかった。
 地域包括ケアの推進には多職種連携が重要であるということはよく耳にするが、どのように連携するのか、また、地域の困りごとにどのように対処するのか考えてみたい。

地域包括ケアが必要となる背景
 地域包括ケアが必要となる背景として、後期高齢者の増加、高齢者の一人暮らし世帯の増加、医療費や介護給付費の上昇、介護の人材不足などに伴うさまざまな問題が生じる可能性が高いことが挙げられている(図1)。

図1 地域包括ケアが必要となる背景
長崎市HPより(https://www.city.nagasaki.lg.jp/syokai/792000/792109/p028202.html

長崎版地域包括ケアシステム構築に向けた取り組み
 地域包括ケアについては、市町村を中心に構築されるような動きがとられてきた。そこで、今回は、先駆的な取り組みを行っている長崎市の事例をみていきたい。
 まず、①医療・介護・福祉の総合相談支援、②在宅医療・介護の普及、啓発、③医療・介護連携の推進を目的とした「まちんなかラウンジ」を設置しており、専門の職員(看護師・介護支援専門員)が電話や対面により、相談の受付や情報提供などを行っている。市民だけでなく、専門職に対しても総合相談支援の窓口となり、様々な問題を解決に向け一緒に考えるという実践を行っている。
 さらに、多機関型地域包括支援センターを市内2か所に設置しているのが特徴である。このセンターでは、高齢者や障がい者が抱える課題だけでなく、虐待や発達障害などの子育てにおける課題や、病気や就労などの生活困窮の課題にも対応している。世帯における複合的な課題に対して、ワンストップで対応する相談窓口となっている。関係する機関につなぐという支援のコーディネートを行っている。

図2 多機関型地域包括支援センターの取り組み
長崎市HPより(https://www.city.nagasaki.lg.jp/syokai/792000/792109/p028202.html

まとめ
 地域包括ケアの構築や推進にあたっては、それぞれの地域にあわせて実施することが重要となっており、専門職や専門機関の連携がいかにスムーズになされるかが課題となる。ワンストップでの相談窓口となる機関の設置も有効であると考える。また、ソーシャルインクルージョンの視点も加味し、すべての人々が必要に応じて支援を受けられるような地域づくりが望まれる。
 済生会では、独自に地域包括ケア連携士の研修を行っている。研修では、各地域での住民のニーズに沿ったサービスの展開や、その実践を可能にする環境づくりについて具体的に検討を行っている。さらなる地域包括ケア推進や連携の深化を目指す先駆的な取り組みであると言えよう。
 また、研究を通して、地域包括ケアの構築や推進に向けた普遍的な要素を抽出し理論化することで、社会に還元できるよう取り組みたい。

―編集後記―

 9月のある日の帰り道、ライトアップされた様子をパチリと撮影しました。こういうライトアップを目にするのがひさびさすぎて、ちょっとグッときました。
 ちなみに通りがかった人の多くが、同じく撮影していました。マスク越しですが、皆さんどこかうれしそうな懐かしそうな表情をしているのが印象的でした。(Harada)

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