済生会総研News Vol.38

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第37回 哲学が必要とされる時代

 社会が混乱した時代では社会、経済、政治、国家などすべての分野で本質的、根源的な問題が提起される。太平洋戦争終結直後は、総合雑誌や単行本などを舞台に百花繚乱 (りょうらん のごとく議論が展開された。
 現在、世界が直面している新型コロナは、これに劣らぬ出来事で、世界を混乱の坩堝(るつぼ にしている。この危機を乗り切るためには、新型コロナの発生前の状態に早期に戻るという発想は、論外である。
 筆者は、最近、福祉系大学で使用する社会福祉論の教科書の分担執筆を脱稿し、一息ついたところである。分量は多くはなかったが、福祉の哲学という重いテーマを担当した。
 戦後まもなく執筆された高坂正顯の「キェルケゴオルからサルトルへ」(弘文堂)という本がある。実存哲学について論じているが、 キルケゴール の「魂の試練を経た教えでないな らば、人を救う何らの力もない」という考えを紹介している。これは、哲学の本来のあり方を示したものだ。哲学は、思考や言葉の遊びとは全く無縁で、人生や社会の試練の中でもがき、苦しみながら辿 (たど りつた思想を言語化したものである。それあればこそ、人生や社会の荒波を越えていく力を与えてくれる。
 今回、筆者が執筆した福祉の哲学は、世界の社会思想の歴史を踏まえつつ、54 年間、筆者が社会福祉活動や行政に従事しながら考えてきたことを中核に置いた。
 福祉は、人間を直接的に対象とする行為だけに「人生とは何か」、「人間の幸せとは何か」、「生命とは何か」という根源的な問題が常に提起される。「橋の下に寝る自由を尊重し放置すべきか、命や健康を守るため施設入所を進めるべきか」は、古典的な福祉の命題だが、現在でもソーシャルワーカーが日常的に突き付けられる。「国民的議論によってコンセンサスを得て」という助言を受けても、また研究者の見解をたくさん覚えても、あまり役には立たない。
 このような難問に対峙(たいじ したときに自信を持って回答を導き出せるのが、本当の哲学である。
 医療や福祉には、ぎりぎりの判断が求めれる課題が多い。近年は、人々の考えは多様化し、利害関係が輻輳 (ふくそう する。科学技術の急激な発展は、問題を複雑化する。判断を間違うと、利用者の利益を損じる一方、サービス提供者が刑事、民事、行政の責任が追及される。
 新型コロナは、私たちが経験したこと のない社会へ導いていく。そこで人間にとって本当の幸せとは何かを明確に認識しないと、正しい回答が分からない。まさに今、哲学の時代に入ったのだ。

研究部門 済生会総研 上席研究員 持田 勇治

「診療サービスの指標」作成状況報告

 済生会総研では、これまで診療サービスの指標(13 指標)の作成・公開を実施してきました。(平成28年度・平成29 年度診療実績公開済み)
 例年ですと前々年度の平成30 年度診療実績の患者サービスの指標を作成している時期です。しかし、今年は、例年より早く各病院からの令和元年度DPCデータが済生会データベースへ提出されて、令和元年度のデータがそろいましたので、現在は平成30 年度・令和元年度診療実績にもとづく診療サービスの2年間分の指標のとりまとめを進めています。今回は、作成した2 つの診療サービスの指標を紹介いたします。

① 「入院した週内の薬剤管理指導料の実施率」
 薬剤管理指導料は、薬剤管理指導記録に基づき、直接服薬指導、服薬支援その他の薬学的管理指導(処方された薬剤の投与量、投与方法、投与速度、相互作用、重複投薬、配合変化、配合禁忌等に関する確認並びに患者の状態を適宜確認することによる効果、副作用等に関する状況把握を含む)を行った場合に算定できるものであり、特に安全管理の必要な医薬品を投与又は注射されている場合は380 点、それ以外の患者の場合は325 点の算定が可能です。1 週間に1 回、かつ月に4 回算定することが可能です。
 当実施率は、予定入院の患者に対して、入院した週内に当指導管理料が実施された割合を算出しました。
 入院において患者に投与されている薬剤に関する情報を収集して情報把握することは、入院診療をスムーズに進めることにもつながるものであり、診療報酬点数の向上にも寄与するものであります。
入院した週内の薬剤管理指導料の実施率(平成28 年度~令和元年度)

 当管理指導料を行う薬剤師人員や業務変化や薬剤部門が、当指導管理料に対して様々な工夫により実施率に差が生じる一因となるものと考えます。
② 「手術患者においての周術期口腔ケアの実施率」
 周術期口腔ケアに関しましては、歯科医師による周術期口腔機能管理の実施後1月以内に、顔面・口腔・頸部(第6款)、胸部(第7款)、腹部(第9款)の悪性腫瘍手術又は心・脈管(動脈及び静脈は除く)(8款)に掲げる手術を全身麻酔下で実施した場合は、周術期口腔機能管理後手術加算として200 点を加算することができるものであり、術後合併症の予防、全身麻酔挿管時の口腔トラブルの予防、術後早期に食事を再開等の効果が認められることに診療報酬で認められたものです。
 当実施率は、診療報酬請求で当指導管理料が認められる手術を行った患者で、かつ予定入院の患者に対する「周術期口腔機能管理」の割合を算出しました。ただし、腹部(第9款)の手術については、DPC データからでは悪性腫瘍・良性腫瘍の判断が困難であるので、当実施率の算出からは除外しています。
手術患者においての周術期口腔ケアの実施率(平成28 年度~令和元年度)

 術前外来を設置する病院が増加しており、術前外来で予定入院における予定手術を把握し、周術期の口腔ケア実施対象者をピックアップして、周術期口腔機能管理を実施するといった型が確立しつつあるようです。当実施率でも平成28 年度の実施件数は757 件、令和元年度の実施件数は1953 件と約3 倍となっており年々件数は増加しています。当実施率を上げるために、術前外来の設置等で外来時に入院で予定されている診療を把握できる総合的な体制が整備されることが重要になるものと考えます。
 今後、済生会内での公表の際は、例年通りに病院間でのベンチマークの可能な指標をお示しする予定です。「診療サービスの指標」を改善することは、患者へのサービスの観点だけではなく医療従事者の効率的な作業の実現につながるものと考えています。これらの実施率改善について院内で検討することにより病院としてどのような対応が必要であるのかを考える契機になるものと考えています。
 当研究に関しましては、実施率改善に向けた取り組みを済生会病院間で共有できることを目的とした研究でありますので、これからもご協力いただけますようお願いいたします。

 新型コロナの感染拡大や診療報酬改定等に伴い病院経営は大変厳しい状況です。そのような中、済生会総研に、いくつかの病院から経営改善に向けての対応として指導管理料等の実施実績について済生会病院間でベンチマーク資料作成の依頼があります。事情をお聞きして可能な範囲で対応しています。

―編集後記―

 新型コロナ感染拡大に日々の神経を張り詰めた生活が続いているのではないでしょうか。
 そんな中、最近気になる言葉があります。それは「鈍感力」「鈍感になる」という言葉です。失敗しても悩まない、怒られても落ち込まない、イベントで緊張しないこと等が鈍感になるということです。
 すべての物事に対して鈍感になることは現在の生活に合致しない面も多々あるでしょうが、時々「鈍感」になり、心を日々の緊張から解放することも必要ではないでしょうか。

(持田 勇治)

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