済生会総研News Vol.39

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第38回 政策決定の価値基準

 国の指導者は、危機的な事態に直面した時、どのように決断をするかで国家の命運が左右される。
 1938年9月のミュンヘン会議でイギリスのチェンバレン首相が、全面戦争を回避するため宥和(ゆうわ)政策を取り、ヒットラーの要求を容認したことが、ヒットラーの横暴を許し、第2次世界大戦につながった。
 1962年10月のキューバ危機でケネディ大統領が、ソ連との核戦争勃発の瀬戸際だったが、毅然とした決断を行ったことが、キューバ危機の解決と東西の緊張緩和(デタント)に発展した。
 チェンバレンの決断は、あいまいな根拠の乏しい楽観論に基づいていたが、ケネディの決断は、アメリカ国民の安全の確保という強固な責任観に基づく揺るぎのないものだった。指導者の重大な決断には、明確な価値基準がある。
 新型コロナは、歴史を変える重大事態である。国民の健康や生活が守られるか、国家が繁栄していくか、国家の命運が指導者の判断に委ねられる。判断には、国民の健康か経済の発展かという価値認識が問われる。判断の成否は、早晩、数字で明確に出る。
 日本では、新型コロナに対して感染症予防対策と経済活動の活性化の両立が国の基本方針である。健康と経済の両立を図ることは、望ましいことだが、「言うは易く行うは難し」の典型で、狭隘(きょうあい)な道である。世界各国が苦労しているが、日本でこれが建前でなく、現実的に実現する方策が講じられることを強く期待したい。
 しかし、これまでの国の方策を見ると、よく分からない。Go To トラベルの前倒し実施などを見ると、経済に重点が置かれたように見える。「感染者数が増えることは覚悟のうえだ」という政府高官の匿名の発言が、全国紙で紹介されていたが、本音なのだろうか。
 政府の政策に影響力のある有力エコノミストは、テレビの経済番組で「失業や倒産による自殺者が、コロナによる死亡者より多くなるおそれがある。経済に力を」と話していた。
 昭和40年代半ば、私は、旧厚生省で公害行政の片隅にいたが、当時の公害対策基本法では、公害対策は、経済の健全な発展と調和して進めると定められていたが、現実は、経済重視に傾き、人類史上最悪の公害を経験した。これは公害防止と経済の発展という二つの価値を目標に掲げたが、政治力の強い方に動いたためである。今回、この愚を繰り返してはならない。
 対立する価値の両立を図ることは、難しいが、新型コロナ常在時代は、実現する具体的な方策を済生会総研としても研究していかなければならない。

研究部門 済生会総研 研究員 吉田 護昭

Ⅰ.令和2年度 研究テーマについて

 今年度は、昨年度実施した「済生会重症心身障害児(者)施設全6施設の入所児者の実態およびアセスメントの現状と課題」(以下、「令和元年度研究」)注1)の研究をさらに深めていくために、2つのテーマについて研究を進めています。
 注1)令和元年度研究の詳細は、報告書として済生会総研ホームページの「研究報告」に掲載していますので、ご参照下さい(, 2020.7.21公開)。

≪研究テーマ1≫
 済生会重症心身障害児(者)施設全6施設の入退所の現状と課題

【背景】
 昨年度実施した実態調査のなかで、済生会重症心身障害児(者)施設全6施設(以下、「6施設」)の平成28年~平成30年の3年間の入退所の実態について明らかにした。その結果、新規入所は6施設全体で116人であった。その内訳は「0~3歳未満」が14人と最も多く、次いで「18~65歳以上」が12人、「6~12歳未満」が8人、「3歳以上6歳未満」が5人となった。入所理由は、「在宅移行困難」が12人と最も多く、次いで「介護者の高齢化」が8人、「虐待」が7人となった。また、退所は6施設全体で40人となり、退所理由の半数以上が「死亡退所」であった。退所した年齢は「21~30歳未満」と「51~60歳未満」が最も多く、それぞれ10人ずつであった。
 また、入所形態では「措置」による入所が全体の12.6%(53人)となり、最も多い施設では21人となった。こうした背景には、近年の児童虐待の増加、医療の進歩による医療的ケアの必要性に伴った介護負担の増大などが考えられる。
 このように、6施設の入退所における全体の数値化は明らかにできたが、入退所した個々の基本情報や入退所経路などの具体的な実態については、明らかにすることができていない。また、先行研究を検索したところ、重症児者の入退所に関する研究は見当たらなかった。

【目的】
 本研究は6施設を対象に、新規入所および退所した重症児者個々の入退所経緯の実態と入退所を決定する仕組みに関する実態について明らかにする。調査の結果から、今後の展望を含め、施設が果たすべき役割や使命について考察する。

【進捗状況】
 現在、調査票(案)の内容等について、6施設の研究協力者の方々から意見を頂いている状況である。9月下旬から10月初旬の本調査に向けて、研究協力者から頂いた意見をもとに、調査票(案)の再検討をしていく。

≪研究テーマ2≫
 入所児者の理解を深めるためのアセスメント様式の開発

【背景】
 昨年度、6施設のアセスメントの現状と課題について調査を実施した。その結果、6施設におけるアセスメントの現状は、主に「医療」や「身体機能」に関する項目が重視されている傾向にあった。課題については、個別性の重視、職員間の情報共有、入所児者の実態との関連性、の3つが明らかとなった。
 また、「アセスメント様式」の実態では、施設独自で作成した様式を使用している施設が3施設、施設独自で作成した様式と電子カルテ内の様式の両方を使用している施設が2施設、電子カルテ内の様式を使用している施設が1施設となった。
 これらの結果を踏まえ、医療や身体機能に関する項目に加え、入所児者の持つ固有の特性についても同様に重視することが重要と考える。

【目的】
 本研究は入所児者の特性を軸にした、実践現場で活用できるアセスメント様式の開発を目指す。今年度は、アセスメント様式を構成する要素とその具体的内容(項目)について検討していく。

【進捗状況】
 現時点では、先行研究や資料等のレビューを行い、アセスメント様式を構成する要素とその具体的内容について、研究代表者のみで遂行している。今後は、研究代表者が遂行した案をもとに、研究協力者との意見交換を実施していく予定である。

※今年度の研究ミーティング
 今年は新型コロナウイルス感染拡大防止から、私の研究テーマにつきましては、研究協力者が一堂に会しての開催は行わず、Webによる研究ミーティングを実施します。

Ⅱ.「済生会介護データベースの構築に向けた実証研究」の進捗状況

昨年度から「済生会介護データベースの構築に向けた実証研究」(研究代表者:山口直人研究部門長)について研究を進めている。
対象は、済生会の特別養護老人ホーム(以下、「特養」)52施設および介護老人保健施設(以下、「老健」)29施設のうち、介護請求システム(NDソフト・ワイズマン)を使用している44施設(特養28施設・老健16施設)とした。データ分析には、2017年4月~2019年12月の間にサービス提供した介護レセプトデータ(2020年2月末に済生会総研に提出)※2)を使用し、分析を進めた。本研究における研究メンバーによって、週1回のミーティングを重ねながら、8月にデータ分析を終え、現在、報告書を作成している。

注2)個人情報保護の観点から、介護レセプトデータの提出については、社会福祉法人恩賜財団済生会本部事務局経営情報システム利用規則に則り、データの匿名化およびハッシュ化を行っている。

―編集後記―

 今年は新型コロナウイルスにより、夏でもマスクの着用は必須となりました。先日、90歳になる祖母から「コロナはどこも大変じゃけど、特に、東京は大変じゃねー。毎日、ニュースを見ては心配しちょるよ。使い捨てマスクが足りんじゃろーから、家族みんなのマスクを作ったから、送っちゃあげる」と連絡がありました

 2日後、祖母の手作りマスクが届きました。祖母は昔から裁縫が得意であることは知っていましたが、想像していた以上に立派なマスクでした。そのマスクを家族全員着用し、祖母にテレビ電話をしました。すると、祖母は「張り切って作ったんよ、孫やひ孫のために作るのは、ばあちゃんの生きがいじゃからね。今度は、冬用を作るから待っちょってね」と満面の笑みで話をしてくれました。家族全員、感謝の気持ちでいっぱいでした。ちなみに、祖母が作ってくれたマスクは、散歩やスーパーに行く時に着用しています。

(吉田護昭)

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