済生会総研News Vol.57

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第56回 2項対立論の危うさ

 社会では2項対立構造で議論されることが多い。メディアにとっては扱いやすく分かりやすい。たいがいタカ派の元気のよい主張が、世論の支持を受ける。しかし社会は、そう単純に割り切れない。
 性善説か性悪説かは典型例である。経験的に考えて常に正しいことだけを行う聖人君子は稀有(けう)だし、生まれながら根っこからの悪人も少ない。人は、善と悪とが混合されている。
 東京都、大阪府、神奈川県など大都市でホームレスが増加し始めた1990年代末、旧厚生省社会・援護局長に在職していた。当時の日本人は、ホームレス問題の知識は乏しかった。都会の公園でブルーテントで暮らしている姿を見て、「気ままに生きたいからだろう」と侮蔑的な感情を抱いた人が多かっただろう。他省庁の幹部とホームレス問題について協議した時も、冗談ぽく「俺もつらい仕事を離れてホームレスになりたい」と話す人が何人あったことか。
 ホームレスになる原因は、個人的な事由と社会的事由の両面があることが正しい理解である。上述の「好きでなっている」は、個人的な事由に該当するが、このようなケースに出会ったことは皆無である。
 個人的事由として会社が倒産をして失業した、ギャンブルにのめり込んで多額の借金をした、アルコール依存症で健康を害した、不倫をして離婚をしたなど多岐にわたる。人生の縮図である。
 これらは本人の責任もあることは事実であるが、すべてが本人だけの責任に帰すべきかといえば、正しくはない。一方の社会的事由が絡み合っている。
 失業の原因は、当時土木建設業が衰退し始め、雇用需要が減少した。代わって情報産業が成長し始めたが、これに適応できない多くの人は、失業に追い込まれた。昔であれば失業や病気の時は、家族や親戚で面倒を見てもらい再起を期したが、当時すでにそのような環境は消えていた。
 このようにホームレスとなる原因は、両者の複合からなっている。個人だけの責任に決めつけられないし、「すべて社会が悪いから」とも言えない。
 最近、電車内での無差別殺人、診療所での放火殺人、東京大学の門前での刺傷、訪問医療スタッフの殺害など他人を巻き込んでの「拡大自殺」という奇妙な事件が続発する。もちろん加害者に全面的に責任があるが、背景には個人的事由と社会的事由の両面があることを分析する必要がある。
 再犯防止のためには個人的事由だけに着目して厳罰を求める声が強まるが、それでは根本的解決にならない。済生会総研の研究では科学的実証的な分析を踏まえた複眼的な視点が必要である。

研究部門 済生会総研 上席研究員 原田奈津子

第8回ソーシャルファームジャパンサミット参加報告

 「第8回ソーシャルファームジャパンサミットinふくしま 社会的企業の未来」に参加しました。今回はオンライン開催となりましたが、このサミットは、ソーシャルファームに取り組む社会福祉法人やNPOを中心に日本各地で行われてきました。以下、内容について報告をいたします。

シンポジウム概要
【基調講演】
 はじめに、炭谷茂氏(ソーシャルファームジャパン理事長、社会福祉法人恩賜財団済生会理事長)により、「これからのソーシャルファーム」と題した基調講演があった。経済・社会構造の改革が求められているとし、その背景に社会的排除や孤立が起こるなどコロナによる経済・社会の激震があり、ソーシャルインクルージョンの理念の具体化が必要であることが提示された。その一つの取り組みがソーシャルファーム(社会的企業)であり、就労困難者だけでなく、地域住民も参加するのが特徴である。コロナ禍以前より、イタリアやドイツ、オランダや韓国では、国家レベルでのソーシャルファームの取り組みが進められており、日本においては、東京都でのソーシャルファーム条例が令和元年12月に制定され、認証制度によるソーシャルファーム事業所が発足している。今後は、日本各地の地域特性をいかした事業展開が期待されており、一般企業と競える存在としての経営体質の強化が望まれているという話があった。
 次に、皆川芳嗣氏(日本農福連携協会会長理事)より、「ノウフクと新しい経済社会」とし、農福連携について、農業経営体による障がい者の雇用や福祉事業者による農業への参入や作業の請負など、多様な取り組みがなされているという報告があった。現在、「ノウフク・アワード」として、優良事例の表彰を通して、全国的な取り組みとしての機運を高めようという動きも行なっているということであった。
【対談】
 さらに、炭谷氏と皆川氏による「ソーシャルファームの未来」という対談も行なわれ、炭谷氏から、「ソーシャルファームでの事業は一般企業が行なっているすべてが対象であるが、これまで農業が多く取り組まれてきた。最近ではリサイクルやリユースの分野での環境を意識した取り組みや、有害鳥獣駆除に伴う加工製品など地域性をいかした取り組みもすすめられている」という話があった。また、皆川氏からは、「イタリアで地方に観光客をよぶ取り組みとしてアグリツーリズムが行なわれている」という情報提供がなされた。ソーシャルファームや農福連携を持続可能な取り組みとして発展させていくことが社会に求められているという話になった。

【事例発表】
 「震災後10年を経た東北のソーシャルファーム」と題し、岩手県・宮城県・福島県で活動をしている五つの団体による事例発表があった。震災以前に取り組んでいた水産加工から、ケーキやパンの製造やバッグの染色と製品加工などに変更した事業者の話もあったが、限界集落となりつつある地域でクラフトビールの製造や農業などを行うことにより、移住者や地域住民でソーシャルファームのまちづくりに取り組んでいる事業者からの報告もあった。この他、サミットをこれまで主催してきた団体からの報告もあり、それぞれの地域性に応じた事業の展開がなされているようであった。

【東京都ソーシャルファーム推進条例と認証事業】
 東京都ソーシャルファーム推進条例について、篠田高志氏(公共財団法人東京しごと財団)から条例の基本理念の一つがソーシャルインクルージョンであり、全ての都民の就労を支援するという目指してきたという話があった。東京都の認証ソーシャルファームとして、現在15の事業者が動いているということであり、事例の報告もあった。

【まとめ】
 最後にまとめとして、炭谷氏より、東京都で先行している条例や認証事業あるが、国レベルでの取り組みもなされるよう、ソーシャルファームの動きが発展することについての言及があった。


所感
 ソーシャルファームジャパンサミットについては、総研News Vol.34(2020年3月)に第6回に参加した際の記事を掲載したが、コロナ禍で生活困窮者の増加や社会的排除などが危惧される今、ソーシャルファームの取り組みがますます必要となってくるのではと感じた。また、地域での特性をいかした多様な取り組みやまちづくりがすすめられている好事例を聴くことで、東京都のようなソーシャルファームの条例制定など制度や政策としてのバックアップが待たれているように思った。
 今後の研究の展開においても、ミクロレベルとしての個々の実践だけでなく、制度や政策などのマクロレベルとしての動きにも着目していきたい。

人材開発部門

第46回全国済生会臨床研修指導医のためのワークショップ

 第46回全国済生会臨床研修指導医のためのワークショップが2月12~13日に本部主催で開かれ、本会21病院から24名が参加した。
 新型コロナの影響により、今回もオンラインで行なわれた。Zoomのブレイクアウトセッション機能やGoogleのアプリケーションを活用することで、ワークショップを行った。
 この研修は厚労省の認定を受けており、16時間以上のプログラムを実施する。平成18年2月に第1回を開催して以来、修了者は1338人に達した。
 今回、本部が主催で行ったため、開催責任者は医師臨床研修専門小委員会の委員長である塩出純二・岡山済生会総合病院院長にご担当いただいた。また、チーフタスクフォースの金原秀雄・福井県済生会病院内科部長のほか6人のタスクフォースに協力をいただいた。全国的にコロナ対応に追われる中、協力病院からの支援を受けることが困難だったため事務局が本部職員4名のみでの対応となったことや、複数のタスクフォースがリモートでの参加になるなど、前回よりも開催のハードルが高くなった面もあったが、タスクフォースの先生方の更なる協力もあり、無事に開催することができた。
 主とするテーマは研修医が行なう研修プログラムの立案。目標の設定、研修方法(方略)、コーチング、評価といった指導に必要な知識と技術等ついて、グループワークなどを用いて効果的に進められた。
 開催責任者の岡山済生会総合病院・塩出純二院長や京都大学の小西靖彦教授の講演も盛り込まれた。
 受講者からは「具体的に指導医として必要なことを学ぶことができた」「タスクの先生のサポートが非常に適切で、議論をうまくまとめることができた。」「オンラインでもかなりつっこんだ討論ができた」といった声が寄せられた。

―編集後記―


 2月はあっという間だなといつも思いますが、今年は気がつくと、冬のオリンピックが始まり、いつの間にか終わっていました。
 それでも、カーリングをみることができましたが、選手の言葉にハッとする瞬間がありました。「ミスや劣勢をたくさん経験できていることがアドバンテージ」という主旨の話をしていたのが印象的でした。
 競技中も「ナイス!」などポジティブな言葉かけをしている姿をみていましたが、マイナスな経験からもストレングス(強み)を見出す姿勢に素晴らしいと感じました。ちなみにスキーやスケートになじみのない寒がりな私からすると、氷の上に長時間いるというだけで勝敗に関係なく尊敬してしまいます。
(Harada)

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