済生会総研News Vol.58

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第57回 当事者の視点

 過日亡くなった石原慎太郎の作品を読んだことはない。溢(あふ)れんばかりの才能、裕福な家庭、順風満帆な作家生活など私とは全く反対の人生を歩いた人物の作品は、どうしても関心が薄くなる。
 これに対して生年月日が全く同じ五木寛之の作品は、大学時代に小説現代に掲載された『さらばモスクワ愚連隊』を読んで以来『蒼(あお)ざめた馬を見よ』をはじめかなりの小説を読み、エンターテインメント小説として楽しめた。後年執筆した『親鸞』(講談社)は、親鸞や浄土真宗、鎌倉社会を理解するのに役立った。
 五木作品を読むのは、面白いからというからだけでなく、大陸からの引き揚げ以来、社会の底辺を歩いてきた彼の人生経験が作品の根底にあるからである。弱者に対する優しい視点を感じる。
 作家は、自分の人生経験によって作品の芯を形成する。石原作品の場合は、強者や勝者の視点だろうと勝手に想像している。
 石原慎太郎と接触した人の話を聞くと、逸話に事欠かない。文化勲章を受章した高名な学者が、アポイントを取ったうえで、環境庁長官だった彼を表敬訪問に出向いた時、秘書から「大臣は仕事が入りましたので」と面会を断られた。しかし、帰路、コートでテニスに興じる長官の姿を見たと本人から聞いた。
 都知事の時に重症心身障害児施設の視察をした後の感想として「彼らに人格があるだろうか」と述べて、批判を受けたことがある。差別発言の典型として語り継がれている。
 注目したのは、政治家として30年以上のキャリアがあったが、重症心身障害児に接したのは、これが初めてだったことである。社会的弱者問題は、政治家として関心が薄く、実態に接することが少なかったのだろう。
 医療や福祉の仕事では、「当事者の視点」に立脚して考えることが重要である。「当事者の立場を尊重する」とか「当事者のニーズを捉える」といった言い方は、提供者の視点に留まる。
 と言っても、真に「当事者の視点」に立脚することは、現実的には極めて困難である。大病したことのない私は、余命宣告を受けた患者の本当の心は理解できない。同様に差別を受けた経験がない人は、被害者の本当の心を理解できない。石原元都知事の場合も同じだったと思う。
 それではどうすべきか。すべてで当事者になることはありえない。そこで、地道でも当事者と接する機会を多く持ち、彼らを理解することと文献によって学問的に勉強することに尽きると考え、実行してきた。大学生時代から56年間、多く社会的課題を抱える人に積極的に会い、書籍でも勉強を重ねてきた。これは、済生会総研での研究においても大切にしていることである。

研究部門 済生会総研 上席研究員 持田勇治

新型コロナウイルス感染拡大による影響

 2019年12月に確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2020年2月25日新型コロナウイルス感染症対策の基本方針が決定、4月7日新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発出された。その後数回にわたっての感染拡大期があり、2021年11月30日現在累積感染者数172万人となっており、感染防止のため制限のある生活を強いられている。そのような中で、病院では感染した患者に対しての医療の提供を行ってきた。今回、済生会病院における入院患者の影響について病院経営システムのDPCデータ(74病院)から2018年度・2019年度を新型コロナ感染対応前、2020年をコロナ感染対応時として比較を行った。

1.入院患者数

 入院患者数は、前年・前々年度の平均と比較して10.0%減少している。うち手術の実施した患者数は7.9%減少した。入院患者数に対する手術実施を実施した患者の割合は1.8㌽上がっている。各病院では、コロナ患者受け入れ体制充実のためや患者自身の受診抑制により入院患者数は大きく減少している。逆に入院患者と手術の必要な患者の割合は減少しておらず、手術の必要な患者に対しての受け入れ体制を保っていたと理解することができる。

2.予定・救急医療入院

 DPC(様式1号)提出データの「予定・救急入院」は、当該患者が「予定入院」なのか「予定外の入院」であるのかを示すものである。ここでは全入院患者を対象としたデータと手術を行った患者を対象としたデータを比較した。
 (全体):「予定外の入院患者」(予定外の入院200+救急医療入院300)が変化率(前年、前々年度患者数)と比較して-10.7%減少した。特に「救急以外の予定入院」の変化率が-28.6%と大幅な減少し、「救急医療入院」は2.3%増加した。
 (手術のある患者):「予定外の入院患者」が2.7%減少した。「救急以外の予定入院」の変化率が-23.5%減少し、「救急医療入院」は6.7%増加した。
 これらのデータから済生会病院全体では、新型コロナウイルスの対応に追われる中でも、「救急入院」の対応、また、手術の必要な患者への対応は医療提供が十分に提供されていることが示されている。今回は、コロナ感染拡大による影響を2018年度・2019年度と2020年度の比較を行ったが、今後2021年度データを含めたデータを使用しての比較を行っていきたいと考える。

人材開発部門

MSW研修会・生活困窮者支援事業研修会

 令和3年度MSW・生活困窮者支援事業研修会が2月25日に本部で開かれ、75人がオンラインで参加した。
 炭谷茂理事長は「済生会におけるMSW事業の理論と方法」と題し、「MSWは地域課題の解決の中核になるべき存在。皆さんが日本の医療ソーシャルワーカーをリードしてほしい」と訴えた。早稲田大学人間科学学術院の岩崎香教授は「精神障がい者への理解」について講演。〈愛媛〉今治病院総合医療支援室の松岡誠子氏が無料低額診療事業等の取り組みを報告、具体的な実践を共有した。
 グループワークでは、受講者が13グループに分かれ、精神障害者への支援、コロナ禍における無料低額診療事業・生活困窮者支援事業への取り組みなどを議論。
 「ソーシャルインクルージョンの実現に向けて、地域に出て活動していきたい」「済生会のMSWとして、病院だけでなく地域での課題などに視野を広げていきたい」「「コロナ禍においても済生会の理念をもとに業務を遂行していく重要性を改めて考えさせられた」との声が聞かれた。オンラインでの開催については「子育てや介護等で現地に行けない職員も参加しやすくありがたい」など好評だった。 (社会福祉・地域包括ケア課)

―編集後記―

 私事で大変恐縮ですが、2022年3月31日をもちまして、任期満了のため済生会総研を退任することになります。2018年2月1日に済生会総研に着任してから4年2か月が経ちました。この間、大変お忙しい中にもかかわらず、私の研究にご協力いただきました皆さまには大変感謝をしております。特に、現場の皆さま方からのご意見やご指摘は、大変貴重なものとなりましたし、多くの学びを得ることもできました。
 済生会総研での使命として「現場に活かすことができる研究成果を」と常に考えてまいりましたが、思うような成果を出すことができず、皆さまに対して申し訳ない気持でいっぱいでした。しかし、最後に集大成として作成しました職員の評価指標は、現場の皆さまに少しはお役に立てることができたのではないかと思います。これも、これまで皆さまとともに地道に研究を積み重ねてきたからこそだと思います。本当にありがとうございました。
 4月1日からは、再び現場で実践することになります。済生会総研で学び得たことを活かしていきたいと思います。
 長々と書いてしまいましたが、今後も皆さまからの相変わらぬご厚誼を賜りますようお願い申し上げて、退任のご挨拶とさせていただきます。大変お世話になりました。
(吉田護昭)

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