済生会総研News Vol.34

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第33回 研究と実務

 新型コロナウイルス感染に対する戦いは、国、地方自治体、保健所の行政機関が全面的な責任を持って対処しなければならない。国民や企業、団体等は、行政に協力して行動することが求められる。
 全国の済生会の病院は、都道府県等の要請を受けて感染症病床等での治療、帰国者・接触者外来の設置などで感染対策に全面的に協力をしている。病院経営の面では大きな痛手を受けているが、自治体の協力要請を優先している。
 平常時でも医療、保健、福祉の業務は、地元自治体との連携が不可欠であるので、済生会の職員は、地方行政の仕組みを十分に理解しておかなければならない。
 地方行政の仕組みは、かなり複雑である。私の場合は、20代の2年間、旧自治省(現総務省)で地方財政の仕事に従事したことで、修得することができた。この蓄積は、今でも大変役立っている。
 当時私は、若く、専門書を読むことに苦痛を感じなかったので、研究書から実務書までたくさん買い求め、勉強した。そのころ旧自治省のOBや幹部には、研究熱心な人物がいたが、これらの人物が著した本は、水準が高く、実務に役立った。例えば長野士郎著「逐条解説地方自治法」、佐々木喜久治著「地方財政法逐条解説」、首藤堯著「地方財政の実態」などは、文章や論理が明快だった。
 昭和40年代は、地方行政論の研究が大学でなされていたが、むしろ旧自治省の官僚が、地方行政の研究を牽引していた。地方行政論は、実務に密着しているので、実務経験者は、研究しようとする意志を持ち、研究に取り組めば、大変有益な研究成果を残せるものだと行動で表していた。私は、これにずいぶん刺激を受けた。
 厚生行政を支える昭和40年代の社会保障学、社会福祉学なども大学で講座が開設されていたが、学問的蓄積は、不十分だった。
 そこで私は、厚生行政に従事しながら、その時に携わっている仕事について歴史的背景、理論的考察、海外の事情などを学問的に研究することとし、専門書や海外の文献を読んできた。これによって一段と質の高い仕事を行うことができたと思う。研究に当てるため、休日の時間は大半が割かれたが、私の性格に合致していたので、負担に感じることなく、むしろ楽しい余暇の過ごし方だった。
 この結果30歳前後で「国民健康保険の第3者行為の理論と実務」(共著)、「逐条解説予防接種法」(共著)、「医療保障の経済学」(共訳)を著すことができた。これらは、現在も裁判で立証資料として使われたり、研究者や実務家の間で読まれている。
 医療、保健、福祉の分野は、現実に生起する人間や社会の問題の解決に当たるので、研究と実務は、相互交流を行いながら進むことが、両者にとって理想的である。済生会総研は、正にこの道を歩んでいる。

研究部門 済生会総研 上席研究員 原田奈津子

ソーシャルインクルージョン促進に向けた動きと視察報告

1.ソーシャルインクルージョンの促進
 目まぐるしく変化する社会情勢の中、社会福祉の領域では、そういった社会だからこそ活躍しうる専門職の養成のあり方が検討されてきた。
 社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会(平成30 年3 月27 日)では、「少子高齢化の進展など、社会経済状況の変化によるニーズの多様化・複雑化に伴い、既存の制度では対応が難しい様々な課題が顕在化してきている。また、子ども・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる地域共生社会の実現を目指しており、社会福祉士には、ソーシャルワークの機能を発揮し、制度横断的な課題への対応や必要な社会資源の開発といった役割を担うことができる実践能力を身につけることが求められている。」としている。
 そこで、複合化・複雑化した個人や世帯への対応や地域共生社会の実現に向け、専門性を発揮できる社会福祉士としての新たな養成カリキュラムが2021 年度から導入される予定となっている。それはつまり、現在すでに専門職として活動している社会福祉士にも大きな期待がかけられることにつながる。
 社会福祉士の養成の中では、これまでも「社会的包摂」が学ぶべき項目として挙げられてきたが、今後はさらにこの項目の持つ意味が重要性を増すといえよう。
 この「社会的包摂」が昨今のキーワードでもある「ソーシャルインクルージョン」である。済生会のホームページ(「済生会について」)にもあるように、「社会的援護を必要としている人々すべてを対象にし、地域社会でのつながりをつくり、排除されない社会づくりを目指す理念」であり、それは、すべての人々が共に支えあう社会を目指すことにつながる。

2.ソーシャルファームジャパンサミットに関する参加報告
 今回は、済生会外の動き、2月に行われた第6回ソーシャルファームジャパンサミットin 鹿児島に参加したことについて報告したい。
 初日には、炭谷理事長による基調講演があった。その中で、条例をはじめ日本でも「ソーシャルファーム元年」にふさわしい動きがあったことや、社会的排除などの課題解決に向けて各国で法整備が進んできたことが示され、日本でもソーシャルファームをはじめソーシャルインクルージョンの推進において、地域での住民や専門職などの連携が不可欠であるという話がなされた。
 次に、東京都都議会議員である伊藤ゆう氏による特別報告があり、東京都では、ソーシャルインクルージョンの考えのもと、ソーシャルファーム促進条例が成立しており、今後は具体的な支援策として指針を策定するとのことであった。ワンストップ型の相談窓口を設置するなど、すべての人を対象とした支援を目指しており、補助金を出す手当型でなく、官民で一緒に仕組みを作る伴走型の制度設計を考えているという話があった。
 2日目の私が参加した分科会では、ソーシャルファームの働き方の報告の中で、「ニーズに沿ったものを作る」「ブランディングには、1施設でなく地域全体の取り組みとして動くことが重要」という話があった。
 3日目にオプションツアーとして、社会福祉法人白鳩会(鹿児島県南大隅町)の東京ドーム5つ分という広大な敷地で、障がいのある方々が自身の能力を生かし、社会とつながっていくことを目指している開放型福祉農園の「花の木農場」を視察した。
 農場見学(ニンニク栽培、お茶栽培、イチゴ栽培、養豚舎など)のほか、農作物等の加工過程やレストランをみることができた。刑務所出所者や精神障害者の雇用において作業と本人の適性の見極めが重要であることや、地域での他の企業等との共存や連携が不可欠であるとの話があった。

3.まとめ
 ソーシャルインクルージョンの促進に目を向け、社会福祉士の養成カリキュラムの変更の動きについて今回取り上げたが、やはり資格取得後の教育についても考える必要があると感じた。
 また、ソーシャルファームジャパンサミットに参加した3日間を通し、ソーシャルファームの条例をはじめ、実際の現場での動きについての最新の情報を得られた。そこでは、取り組みについて発信の重要性に気づいた。今後の研究の展開や研究成果の発信に活かしたいと考える。

―編集後記―

 職場近くの薬局からマスクが消えた1月の春節の時期から、落ち着かない日常になっています。
 そんな中、総研でも事前申請による時差出勤が可能になり、私もちょっとお試しをしてみました。
 その結果、通常の出勤時が空いていることに気づきました。時差出勤や在宅勤務を取り入れている企業が増えたためか、便数のわりに全体的に乗客が少ないためです。普段いかに窮屈なのかと考えてしまいます。日常って何だろうと気づきを得られる毎日です。

(Harada)

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