済生会総研News Vol.27

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第26回 科学技術革新と社会保障

 NHKテレビの日曜日夜11時から放映されていたドラマ「女王ビクトリア・愛に生きる」は、史実に基づいていたので、当時のイギリスの状況を知ることができ、面白かった。
 1815年、イギリス農業を保護するため、ヨーロッパ大陸からの穀物の輸入を制限する穀物法が制定された。この保護貿易政策で国内の穀物の価格は、上昇し、都市で働く労働者の生活を苦しめた。
 そのころイギリスは、産業革命が起こり、綿工業を中心に経済は発展した。「パックス・ブリタニカ」と呼ばれ、栄華を謳歌していた。イギリスの権力は、徐々に農業生産を支配する地主層から産業資本家に移行し始めた時期である。
 産業資本家は、自由貿易の旗の下、外国への輸出を拡大する見地から穀物法の廃止を求めた。冷害による国内の穀物価格の高騰に苦しむ労働者も、同様な要求をした。
 ドラマでは、ビクトリア女王は、飢餓に瀕し、餓死者を多数出しているアイルランドの住民の窮状に苦悩する。クライマックスのシーンだ。女王は、「君臨すれども統治せず」の不文律と葛藤しながら、廃止に向けて首相に働きかけた。穀物法は、1846年に廃止された。
 もっとも穀物法の廃止の原因は、女王の行動ではなく、イギリスの産業構造が農業から工業へと転換したことが、歴史の真実なのだろう。
 産業構造を転換させたのは、18世紀に発生した産業革命である。綿織物機械の技術革新、ワットによる蒸気機関の改良開発、トレビシックの蒸気機関車、フルトンの蒸気船の開発と続く科学技術の革新が、産業革命を導いた。
 今日では科学技術の革新が、産業分野だけでなく、軍事、社会、生活、人間の意識などに決定的な影響を及ぼすようになった。現在の米中対立は、根底には科学技術競争がある。
 今日の科学技術の進歩は、以前よりはるかに急速になった。国家を挙げて振興策に取り組まなければ、あっという間に他国に後れを取る時代である。科学論文数のシェア率は、2005年まで日本は2位であったが、今では5位に落ちた。現在の順位は、首位からアメリカ、中国、ドイツ、イギリスと続く。研究費、研究環境などが反映した結果である。このままだと日本の国力は、徐々に衰退しかねない。
 ことに現在重点が置かれる研究開発は、医療や高齢化対策など社会保障に密着する分野が大きな比重を占めている。どの国が最初に成果を出すかが、病気の治療や高齢者の生活の向上に直結するとともに、医療費など国民の負担に影響する。
 日本は、これらの分野では研究開発にとって必要な課題の提起やビッグデータの集積などで有利な立場にある。済生会は、この面で貢献できることがたくさんありそうだ。

研究部門 済生会総研 研究部門長 山口 直人

「済生会病院医師の働き方の実態と今後の在り方に関する研究」を終えて

 本研究は日本医療経営実践協会の研究補助を得て2018年に開始し、本年4月には研究報告書を済生会内外に発表した(報告書は済生会総研ホームページからダウンロードできます: (http://soken.saiseikai.or.jp/reports/)。済生会80病院の病院長には施設調査に協力いただき、2,353名の常勤医師には医師調査への協力をいただいた。ここに深く感謝申し上げます。
 医師の働き方改革に関する議論は、2017年3月に働き方改革実現会議が決定した「働き方改革実行計画」から始まる。実行計画には、医師も時間外労働規制の対象とすること、応召義務等の特殊性を踏まえた対応が必要であることから、改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用すること、2年後を目途に規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し結論を得ることなどが記載されており、これを基に厚生労働省に「医師の働き方改革に関する検討会」が設置され、本会福岡総合病院の岡留健一郎名誉院長も委員として参画して、2019年3月に報告書が取りまとめられた。
 議論が始まった当初には、医師の労働時間に上限規制を設けることは地域医療の崩壊を招くという強い懸念が出された。これに賛同する意見が特に医療界で強かったが、日本医師会「医師の働き方に関する検討委員会」報告書にも明記されたように、地域医療の継続性の確保と医師の健康への配慮は二者択一の問題ではなく、2つを両立することが重要である。
 そこで問題になるのが、実態として我が国の勤務医師がどの程度の時間外労働を行っているかという点であるが、十分なデータが存在していなかった。済生会病院は中・小規模から大規模病院まで全国の様々な地域に立地しており、我が国の病院が置かれている状況を良く反映していると考えられることから、我が国全体の医療の在り方の検討に資する情報を提供できると考え、済生会総研が中心となって、本研究を計画した。
 研究結果の詳細は報告書をご覧いただきたいが、いくつかのポイントを挙げると、医員、後期研修医といった若手医師の時間外労働時間が多いことは予想通りであったが、業務内容を分析すると、外来、入院の診療や検査実施、手術といった直接診療活動が全活動の65%を占めること、診療録への入力、診断書などの文書作成、退院サマリー作成といった間接診療活動が全体に占める割合が20%に達することなどが明らかとなり、労働時間縮減の方向性に示唆を与える結果を得ることができた。また、自発的な自己研鑽には、院内で週5時間程度、院外でも週4時間程度が費やされており、済生会病院の医療の質を守り、さらに高めてゆくためには、このような自己研鑽の時間に制限が生じないような配慮も必要であることが明らかとなった。
 医師の労働時間への上限規制の導入には5年の猶予期間が与えられたが、この期間は、上限規制導入に向けた助走期間と位置付けるべきであり、各病院では、労働時間の把握方法を確立し、それを基に、継続的な労働時間縮減に向けてPDCAサイクルを回してゆくことが求められている。労働時間縮減には、タスクシェアリング、タスクシフティング、ICT技術の活用といった方法論が議論されている。様々な手法の組み合わせによって労働時間縮減は可能となるであろうが、個々の病院の事情、診療科の事情などが複雑に絡み合う問題であり、病院長のリーダーシップのもと、すべての医師、医療者が参画し、さらに、事務部門が能力を発揮して、病院全体が一丸となって総力を発揮する必要がある。
 働き方改革を進める上で問題となるのは、労働時間の縮減が、患者サービスの低下につながらない工夫であろう。そのためのキーワードは「労働生産性」であり、医師全体の総労働時間(インプット)に対するサービス提供量(アウトプット)の比率を改善してゆく必要がある。医師の働き方改革における労働生産性の位置づけを図1に示した。医療の生産性は、我が国の全産業の中でも特に低く、救急対応などでは計画的な診療サービスの提供は困難で、医療者の人数や時間などの調整が困難であることが要因として挙げられている。しかし、米国をはじめOECD主要各国における医療の生産性が改善しつつあるのに対して、我が国の医療の生産性は2000年以降、停滞気味であることも報告されており、医師の働き方改革と並行して医療の生産性を改善してゆく取り組みが重要であることへの認識が高まっている。本会においても、労働生産性に関する検討は今後の重要課題となると考えられる。
 済生会総研では、済生会病院における働き方改革が順調に進展するために必要な研究を引き続き実施してゆく予定ですので、各病院に置かれましては、働き方改革で出会った困難や好事例について、済生会総研への情報提供をぜひお願いいたします。


図1.医師の働き方改革における労働生産性の位置づけ

人材開発部門

新任看護師長研修

 令和元年度新任看護師長研修を7月24日~26日に本部で開催した。今年度は53病院から75名の新任看護師長の皆さんが参加した。
 1日目は、炭谷茂理事長の基調講演「看護に関する済生会原論~済生会の飛躍的発展をめざして~」に続いて、常陸大宮済生会病院看護部長・鈴木典子氏による「看護部長のマネジメント~いきいきと看護管理をしよう~」の講義で、常陸大宮済生会病院において鈴木氏が経験した「忘れられない患者さんとの場面」から学ばれた「私の看護観」を解説し、すばらしい臨床家としての自分に誇りをもって、いきいきと看護管理をしてほしい、と話された。

 2日目は、東京都看護協会教育部部長補佐・栗原良子氏により「人材育成」の講義が行われ、看護管理者が学んで実践し、結果を見て反省して学ぶことの繰り返しで身につけるマネジメント能力等について講演いただいた。
 また、加藤看護師社労士事務所・加藤明子氏により「労働関係法規の理解と看護管理の実務」と題して、「育児・介護関連」、「働き方改革」の関係法規、「ハラスメント」について、具体的なケーススタディを交えながら解説いただいた。
 3日目は、東京外国語大学・非常勤講師の市瀬博基氏による講義「ポジティブ・マネジメント―自ら考え、行動し、助け合う組織をつくる―」が行われ、ストレス・マネジメントとレジリエンス(回復プロセスからの教訓を得る)についての説明や「認知行動療法」の手法の一つである瞑想・呼吸法の体験、演習等、協働と対話から生まれる職場の学びと成長について有意義な学習となった。

済生会総研から ―編集後記―

 本号の研究部門では、山口研究部門長が「済生会病院医師の働き方の実態と今後の在り方に関する研究」について、紹介しました。医師調査では2,000名を超えるデータを収集することができたことは、今後のわが国の医療の在り方の検討に資する貴重なデータになると改めて思いました。同時に済生会という組織の大きさを改めて感じました。これからも、ビックデータの活用をはじめ調査等を通じ、実践現場で活用できる研究をすすめていきたいと思います。

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