済生会総研News Vol.48

総研News 一覧はこちら ≫

済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第47回 複数の目標を目指す施策

 「二兎追うものは一兎も得ず」という諺(ことわざ)がある。政府の新型コロナ対策の混乱ぶりに対して、この諺がしばしば引用される。菅総理は、感染症対策と経済再生の二つの目標を常に念頭に置いているが、新型コロナの感染は、拡大を続ける一方で、多数の事業者は、長期の業績不振に落ち、失業者が増大している。
 振り返ると、昨年秋、新型コロナの感染が落ち着いた時に、Go ToトラベルやGo Toイートのキャンペーンを実施したことも失敗の一例だろう。このキャンペーンと感染拡大との因果関係はないと政府はいうが、「新型コロナは山が過ぎた」と人々の緊張感は、薄らいでしまった。 
 当時、京都、金沢、草津温泉など観光地のにぎわいぶりが、テレビで報道されたが、観光業は、息を吹き返した。かつて私が経営していた休暇村協会は、このキャンペーンによって連日満室になり、赤字の危機を脱したかと安心したのもつかの間、結局は当初の予測以上の赤字決算になった。今はよりひどい打撃を被り、連日資金繰りに苦心惨憺(くしんさんたん)のようだ。どこの観光業や飲食業も、同様な状態だろう。
 複数の目標を同時に目指すことは、至難なことである。まして対立・矛盾する目標の場合は、困難度は増す。しかし、現代は、価値が多様化しているので、政治の世界では複数の目標を目指さねばならない局面が多い。国内外の政治を見ると、これに該当する方が多い。
 複数の目標を達成させるためには、どのような施策が考えられるか。
 複数の目標に対してそれぞれに応じた施策を講じると、施策の間で悪影響を及ぼし合うことや一方に重点が偏ることは避けられない。例えば1960年代、日本は経済成長と公害防止の二つの目標を掲げたために、人類史上最悪の公害被害を残した。
 そこで有力な方法は、一つの施策パッケージで複数の目標を目指すことである。
 ドイツ、オランダ、イギリス、スウェーデン等では環境税を課し、税収を年金等の福祉財源に充当している。これは環境保全と福祉の充実を同時に目指す方法である。
 4月28日、バイデン米大統領が就任最初の施政表明演説で述べたが、富裕者やキャピタルゲインに対する課税を強化して、子育て世代の対策等の福祉の充実を行うのも、所得格差の是正と福祉の充実という二つを目標にする。
 済生会は、崇高な社会的使命の達成と経営の安定という目標を掲げているので、両者を同時に効果的に達成する方法を常に研究していかなければならない。

研究部門 済生会総研 研究員 吉田 護昭

済生会重症心身障害児(者)施設全6施設における「虐待」を理由に入所した23例

1.背景-厚生労働省(以下、「厚労省」)の資料より-
 1-1.「令和元年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」[1]

 近年、児童相談所での児童虐待相談の対応件数は増加傾向にある。厚労省の資料によると、令和元年度、児童相談所(全国215か所)が児童虐待相談として対応した件数は、193,780件で、過去最多となっており、前年度(平成30年度)の159,838件から21.2%増加している。
 虐待相談の内容では、「心理的虐待」が109,118人(56.3%)と最も多く、次いで、「身体的虐待」が49,240人(25.4%)、「ネグレクト」が33,345人(17.2%)、「性的虐待」が2,077人(1.1%)であった。
 次に、児童相談所への相談経路(虐待相談)は、「警察等」が96,473人(49.8%)と最も多く、次いで、「近隣知人」が25,285人(13.0%)、「家族・親戚」が15,799人(8.2%)、「学校等(幼稚園、学校、教育委員会)」が14,828人(7.7%)であった。

 1-2.「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第16次報告)全体版」[2]
 児童虐待相談の対応件数が増加傾向にあるなか、虐待による死亡事例や重症化事例も後を絶たない。
 子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第16次報告)(以下、「第16次報告」)によると、「虐待死事例」は64例(平成30年4月から平成31年3月までの1年間:心中未遂を除き、疑義事例含めると73人)、「虐待による重症事例(以下、重症事例)」では、7例(全国の児童相談所が児童虐待相談として受理した事例での回答)であった。重症事例7例の詳細について、第16次報告の資料から一部を取り上げてみたい。
 ※平成30年4月1日から同年6月30日で、同年9月1日時点。
(1)受傷児の年齢
 「0歳」が4人(57.1%)、「1歳」、「2歳」「5歳」がそれぞれ1人(14.3%)ずつ
(2)子どもの性別
 「男性」3人(42.9%)、「女性」4人(57.1%)
(3)虐待の内容
 「身体的虐待」が4人(57.1%)、「ネグレクト」が2人(28.6%)、「不明」が1人(14.3%)
(4)直接の受傷の原因
 「頭部外傷」が5人(3歳未満が4人、3歳以上が1人)(71.4%)、「その他」が2人(28.6%)
(5)重症となった虐待が発生した場所
 「自宅」が5人(71.4%)、「自宅以外」が2人(28.6%)
(6)重症の受傷時以前に確認された虐待
 「虐待なし」が5人(71.4%)、「虐待あり」が2人(28.6%)
(7)主たる加害者
 「実母」が4人(57.1%)、「実父」が3人(42.9%)
(8)子どもの受傷時における実父母の年齢
 実母:「19歳以下」と「20歳代」が2人(28.6%)ずつ、「30歳代」が1人(14.2%)、「40歳以上」が2人(28.6%)
 実父:「25歳~29歳」が3人(50.0%)、「30歳代」が1人(16.7%)、「40歳以上」が2人(33.3%)
(9)養育者の世帯の状況
 「実父母」が6例、「一人親(未婚)」が1例
(10)養育者(実父母)の心理的・精神的問題等
 実母:「衝動性」、「怒りのコントロール不全」、「感情の起伏が激しい」、「養育能力の低さ」がそれぞれ2例
 実父:「怒りのコントロール不全」が2例
(11)子どもの施設等への入所経験
 7人全ての事例で、「入所経験なし」
(12)家庭の経済状況
 「年収500万円未満(市町村民税課税世帯)」が4例(57.1%)、「市町村民税非課税世帯」、「年収500万円以上」、「不明」がそれぞれ1例(14.3%)
(13)子どもの疾患・障害等
 「身体疾患(身体発育の問題)」や「障害(発達の問題:発達障害、自閉症)」があった事例はなく、「身体発育の問題(極端な痩せ、身長が低いなど)」が1人のみ

2.結果
 済生会重症心身障害児(者)施設全6施設における新規入所児者の実態調査結果
 -「虐待」を理由に入所した23例について-

 令和2年度実施した済生会重症心身障害児(者)施設全6施設「以下、(6施設)」における入退所の実態調査結果のうち、「虐待」を理由に入所した23例の詳細について、以下に示す。
 *平成27年4月1日から令和2年3月31日の5年間
(1)年齢
  「0-2歳」が8人(34.8%)、「3-5歳」が7人(30.4%)、「6-8歳」が3人(13.0%)、「9-11歳」と「15-17歳」がそれぞれ1人(4.3%)
(2)性別
 「男性」が14人(60.9%)、「女性」が9人(39.1%)
(3)入所前の生活の場
 「病院(小児科病棟)」が9人(39.1%)、「自宅」が8人(34.8%)、「乳児院」と「医療型障害児入所施設」がそれぞれ3人(13.0%)
(4)入所形態および入所依頼の経路
 23ケースすべてにおいて「措置」による入所となり、入所依頼の経路は「児童相談所」
(5)虐待内容(複数回答)
 「身体的虐待」が12人(42.9%)、「ネグレクト」が13人(57.1%)
「身体的虐待」と「ネグレクト」の両方を受けていたのは5人
(6)主要病因
 「外因性障害」が8人(34.8%)、「分娩異常」が4人(17.4%)、「不明の出生前の要因」と「染色体異常」がそれぞれ3人(13.0%)、その他の要因が5人(21.8%)
(7)入所時に医療的ケアを要する児
 「医療的ケアを要する児」が13人(60.9%)、「医療的ケアを要しない児」が10人(39.1%)
(8)主介護者
 「母親」が20人(87.0%)、「父親」、「祖母」、「不在」がそれぞれ1人(4.3%)
(9)主介護者の年齢
 「20歳代」が9人(39.1%)、「30歳代」が10人(43.5%)、「40歳代」が3人(13.0%)、「50歳代」が1人(4.3%)
(10)主介護者以外の支援者の有無
 「支援者がいる」が17人(73.9%)、「支援者がいない」が6人(26.1%)

3.考察
 済生会の6施設における過去5年間の新規入所児者のうち、「虐待」を理由に入所した23例の結果を示した。全国の重症心身障害児(者)施設における被虐待児に関する正確な数は把握されていない[3]。そのため、6施設の23例が多いのか否かは比較することができないのが現状である。
 虐待により重症化した7例の詳細と6施設の23例の詳細を見てみると、例えば、7例の受傷した年齢と23例の入所した年齢では、0-5歳までの乳幼児の割合が高かった。虐待内容では身体的虐待が多いこと、7例の直接の受傷の原因は頭部外傷が、23例では外因性障害(外からの力が加わったもの)が最も多かったこと、実父母や主介護者の年齢が20歳代の割合が高かったことなど、似たような結果であることがうかがえた。
 厚労省の資料からも、児童相談所に寄せられる相談は増加傾向にあり、虐待による死亡事例や重症事例も後を絶たないのが現実である。特に、虐待によって子どもが重症化したケースの多くは、病院や乳児院をはじめ、重症心身障害児(者)施設に入院、入所に至る。実際に6施設の23例をみても、およそ半数が、入所前の生活の場として、病院(小児科病棟)や乳児院、医療型障害児入所施設であった。
 このように、虐待を受け重症化したケースについて、伊達(2015)は、被虐待児の命と生活を守るために、重症心身障害児(者)施設が持つセーフティネットとしての保護機能は極めて重要である[3]。さらに、伊達(2015:30)は「児童の生命が守られ、安全で愛情に満ちた環境の中で生活することは児童の健全な成長のためには必要不可欠のものである」[3]と述べていることから、医療面、生活面、教育面など、複合的な機能をもつ重症心身障害児(者)施設は、重症化した被虐待児を受け入れるためには貴重な施設であると考える。

4.まとめ
 6施設における過去5年間の新規入所児者のうち、「虐待」を理由に入所した23例の結果について報告した。厚労省の資料からも、全国における虐待相談件数は年々増加傾向にあることに加え、死亡事例や重症化事例も後を絶たない実態である。虐待により重症化したケースのなかには、重症心身障害児(者)施設へ入所する場合もあるといえる。そのため、セーフティネットとしての保護機能を有する重症心身障害児(者)施設は極めて貴重な施設であるといえる。
 現時点においては、全国の重症心身障害児(者)施設における被虐待児に関する正確なデータは把握されていない。しかし、今後はそうしたデータに基づいて実態を明らかにすることは、被虐待児やその家族を支えていくためにも重要ではないかと考える。
 今回の調査は、数字的な報告になった。重症心身障害児(者)施設として、被虐待児の成長を見守ることや生活を看ていくことだけではなく、保護者とのかかわりも継続して行っていくことが必要である。つまり、施設入所後の支援が極めて重要であると考える。ただ、虐待を理由に入所したケースにおいては、様々な課題が複合的に絡んでいるため、課題解決も容易ではないと考える。そこで、今後は事例を一つ一つ検証していきたいと考える。

参考文献
[1]厚生労働省:令和元年度児童相談所での児童虐待相談対応件数.
https://www.mhlw.go.jp/content/000696156.pdf. (2021.5.19確認)
[2]厚生労働省:子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第16次報告)全体版(社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会).
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000533868.pdf. (2021.5.19確認)
[3]伊達伸也:公法人立重症心身障害施設の課題と方向性. 日本重症心身障害学会誌, 40(1), 29-32, 2015.

人材開発部門

看護部長・副学校長研修

 令和3年度看護部長・副学校長研修を4月22日、本部でオンラインにて開催した。全国から看護部長(新任看護部長13名)、副学校長86名が参加した。
 厚生労働省医政局看護課長・島田陽子氏の講義「看護の動向」では、新型コロナウイルス感染症に伴う看護職員の確保の取り組み、特定行為に係る研修制度の概要・現状、医療専門職支援人材確保事業について解説いただいた。
 次に、昨年度の「コロナ禍の取り組みと展望」をテーマに、済生会の2病院と看護専門学校から事例発表を行った。中津病院院長補佐・今西氏が「コロナ禍において安全で安心して臨地実習を実施するための基本方針-作成過程から見えたこと-」、横浜市東部病院看護部長・渡邊氏は、昨年2月の大型豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」での感染対応から現在までの経緯について、大阪済生会野江看護専門学校副学校長・入山氏は「コロナ禍の2020年度を振り返って」と題して、それぞれ発表した。コロナ禍における医療現場での対応や実習において、困難を乗り越えてスタッフが一丸となった取り組みを共有できた。
 また、株式会社オーセンティックス代表取締役・高田誠氏は「病院看護部のトップ管理者として考える人材育成と組織力」と題して人材育成の問題と対策について講義し、「人材育成」や「どのように組織を存続し、発展させるか」をテーマに毎回違うメンバー構成でディスカッションを数回行った。自己紹介をしながら意見交換を行い、参加者同士の交流機会とすることができた。

―編集後記―

 今号では、虐待に関する調査結果を取り上げました。調査結果をまとめていくなかで、ふと疑問に思ったことがあります。それは、虐待を受けた子どもは多くの人や機関によって護(まも)られますが、その親(家族)については、だれが、どの機関が、継続的なかかわりや支援を行いながら、護っているのだろうか。改めて、保護者(家族)支援の重要性を考える機会となりました。

(吉田護昭)

Adobe reader

PDFファイルをご覧になるためには Adobe Reader が必要です。
お持ちでない方は、 Adobe Readerをダウンロードしてください。