済生会総研News Vol.35

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第34回 専門知の限界

 新型コロナウイルスに対する戦いが続いている。大正7年に猛威を振るったスペイン風邪は、3回流行を繰り返し、終息するのに3年間要した。感染症は、地域が集団免疫を獲得するまでは、人の移動が激しい現代では地球のどこかに感染地域がある限り、新型コロナウイルスは、流行を繰り返す。長期戦を覚悟しなければならない。
 新型コロナウイルスについて世界の科学者が日夜、解明に努めているが、未だ途中段階である。予防や治療で試行錯誤の面があることは避けられない。とは言え、今回、武漢での発生直後の初期対応に欠陥があった。情報公開も、不十分だった。
 それに増して専門国際機関であるWHOの拙劣な対応ぶりには驚いたが、権威をすっかり失墜させてしまった。
 日本でも新年に入って新型コロナウイルスが、メディアで取り上げられるようになった。旧厚生省で長期間、感染症対策の実務に従事したので、関心を持って見ていたが、専門家の発言は、「人から人への感染はない」、「感染力や病原性は弱い」など楽観論一色だった。情報発信など国からの対応も、目立たなかった。
 すべての危機管理は、目前の危機を最大限に予想し、最悪の事態への対策を迅速に講じることは、常識である。行政や専門家は、これに反してしまった。
 感染者が急増した後も、行政の対応や専門家の発言に疑問を感じることがある。例えば、緊急事態宣言を受けて、営業自粛を要請する議論の中で「経済活動など私権と調整が重要」との政府からの主張が報じられた。しかし、人権間の対立は、どんなケースでも頻繁に生じる。今回のケースでの人の命と経済活動の軽重については、議論の余地がない。
 同じように感染症学の専門家は、「5千人という感染者数は、たいした数ではない」旨、述べていて唖然とした。感染症学の立場からはそうだろうが、感染した人や死亡した遺族の胸にどのように響いただろうか。専門分野に限定された見方では、現実の世界から遊離する。
 466億円という巨費を投じて国民に2枚の布マスク配布には、痛烈な批判が集中しているので、改めて論じる必要性はないが、この政策も行政の専門家が相当の時間とエネルギーをかけて検討したのであろう。
 なぜ優秀な専門家がこのような重大なミスを犯してしまうのだろうか。このようなことは、今回の新型コロナウイルス対策だけでなく、あらゆる場面で生じる。専門の知見が開発途上にあること、狭い専門分野に制約され、他の領域への視点がないこと、他の思惑から状況認識が歪められることなど原因は、いろいろある。
 専門知は、不可欠であるが、政治や行政では「国民のために最善のことは何か」という原点から出発すれば、誤った判断は避けられる。済生会総研の研究に当たっての教訓としたいものである。

研究部門 済生会総研 上席研究員 持田 勇治

令和2年度診療報酬改定

急性期一般入院料の重症度、医療・看護必要度の変更の影響

 令和2年度診療報酬改定の改定率は、診療報酬で+0.55%(医科+0.53%・歯科+0.59%・調剤+0.16%)、薬価▲0.99%、材料価格▲0.02%でした。
 様々な診療報酬改定項目の中で、急性期入院基本料の施設基準の要件である重症度、医療・看護必要度(以下 「必要度」という。)の基準の変更について、変更点をまとめるとともに済生会病院での影響について考えてみました。

1. 急性期一般入院料の必要度変更の影響の主な変更点
当改定においての重症度の変更点について振り返ります。
①評価基準の変更

【改定前】
基準1:A得点が2点以上かつB得点が3点以上の患者
基準2:B項目のうち「B14診療・療養上の指示が通じる」又は「B15危険行動」に該当する患者であって、A得点が1点以上かつB得点が3点以上の患者
基準3:A得点が3点以上の患者
基準4:C得点が1点以上の患者
【改定後】
基準2を削除

②評価内容の変更

A項目:「免疫抑制剤の管理」を注射剤に限定。
C項目:入院での実施割合が9割以上の手術及び検査を追加。
C項目:評価対象日数を延長。(詳細は次の通り)

手術や高度な検査における重症度の評価される日数が延長されています。

③救急患者の評価

必要度Ⅰ:救急搬送後の入院の評価が2日間から5日間に延長されました。
必要度Ⅱ:救急医療管理加算又は夜間休日救急搬送医学管理料を算定した患者を新たに評価(新規)これまで必要度Ⅱでは救急患者については評価がされていませんでしたが、改定で評価されることになりました。

④必要度の割合の見直し

急性期の高い入院基本料は、改定で重症度の割合の基準が高くなり、急性期の低い入院基本料は逆に重症度の割合が下がっています。

⑤B項目の基準の変化

B項目の介護の実施についての項目が追加されました。これまでは患者の状態の評価でしたが、それに対する介護の実施の有無も評価の項目として追加されました。

2.診療報酬の影響に関する試算方法について
今回の試算は、MEDI-ARROWS 看護シミュレーションツールから提供されたデータを使用しました。
・データは済生会経営情報システムの調査対象期間2019年11月~2020年1月のDPCデータを使用しています。
・必要度を判定するにあたっては、基準1~基準4のうち1つでもクリアすればよく、今回の分析では、複数の基準でクリアした場合は次の優先順位で処理しました。

全項目が要件を満たした場合は「基準4」とし、「基準3」と「基準1」で要件を満たした場合は「基準3」として集計しました。
・今回から判断基準に加わったB項目の実施の有無に関しては、従来のデータでは介護の実施の評価がなされていないために、すべて実施したものとして試算しています。
・今回の分析においては、重症度算出に必要度1を採用している病院もありますが、必要度Ⅱで診療報酬改定前後の比較を行いました。

3.シミュレーション結果

  • ①必要度の施設別・全体の集計の影響
    病院別では、重症度が上がった病院は、72病院中54病院ありました。
    患者毎、日毎では、済生会全体の重症度は27.2%から30.7%となり3.5ポイント上がりました。
  • ②基準2の削除による影響
    患者毎、日毎では、済生会全体で重症度は、5.6%下がりました。
  • ③基準4(C項目)の見直しによる影響
    患者毎、日毎では、済生会全体で重症度は、6.2%から12.5%となり6.3ポイント上がりました。病院別の集計では、必要度が下がった病院は全くありませんでした。

4.まとめ

 今回の調査では、診療報酬改定の必要度の見直しにより、すべての病院で重症度は上がっていますが、入院基本料の施設基準の重症度では、改定前に取得していた施設基準が約45%の病院において重症度が足らず、改定前の施設基準を継続取得することが不可能な状況であることがわかりました。
 これらの入院基本料は、診療報酬改定の経過措置として、「急性期一般入院基本料1~3、5~6」で、2020年3月末時点に届け出している病棟ついては、2020年9月末までの間、また「急性期一般入院基本料4」も、2020年3月末時点に届け出している病棟については、2021年3月末までの間は、「重症度、医療・看護必要度」の基準を満たすものとされています。各病院では、経過措置の終了の施設基準の届け出に向けて現状を再度確認するとともに重症度基準の対策が必要になるものと考えます。

―編集後記―

 コロナ禍で大相撲の無観客試合、スポーツイベントの開幕延期、様々なコンサート等の中止、そして東京オリンピックも1年延期が決定しました。多くの人が集まるイベントは自粛されています。済生会総研のある港区三田には、芝公園があり花見の名所の一つです。例年、多くの花見客が集まり楽しんでいます。しかし、今年はその風景も一変し、桜の花だけ寂しく咲いていました。来年はあの桜の下で花見ができるように、新型コロナウィルスと戦っていきましょう。

(持田 勇治)

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