済生会総研News Vol.36

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第35回 教科書の重み

 新型コロナウイルスの猛威が続いているので、今年度の新しい教科書による授業を受けていない生徒・学生が大半だろう。小学1年生は、すっかり出鼻を挫かれてしまった。
 学校教育での教科書の役割は、大きい。小学1年生の国語の教科書の1ページの文章を懐かしそうに口にする高齢者に出会うことがある。年代によって異なるが、桜をモチーフにした内容が多い。
 私も、教科書の内容をところどころ覚えている。中学英語であれば「JACK AND BETTY」、高校の日本史であれば、山川出版社の教科書で勉強したが、いずれも優れた教科書で、繰り返し読み、記憶した。
 これに対して大学での専門科目の教科書の性格は、異なる。学問としての到達点を体系的に記述する。大学の教科書によっては、その国の学問水準が分かる。私が法学部で使用した教科書は、いずれもこれに該当した。小林直樹著「憲法講義」(東大出版会)、田中二郎著「行政法上・下」(弘文堂)、平野龍一著「刑事訴訟法」(有斐閣)などたくさんあるが、精読を繰り返すと、それだけ得るものが増した。優れた教科書は、読む側の努力に正面から応えてくれる。教科書をスタートにして関係文献で枝葉の研究に入っていった。
 当時の教科書は、学界や実務への影響力が強かった。判決文を読むと、論理構成の基礎にしている教科書が推測できた。引用が明示されている判決もあった。
 大学卒業後、必要に応じ、独学で勉強する時も同様な方法を取った。例えば社会学であれば、各国の大学で使用されるアンソニー・ギデンズ著「社会学」(而立書房)を読んだ。
 目下、大学生のための社会福祉学の教科書の分担執筆の依頼を受けて、取り組んでいる。大学での教科書の役割は、重要なので、大変やりがいを感じる。
 執筆している分野は、社会福祉の哲学・理念であるが、従来から研究を深め、行政や実践の場で考えてきたテーマである。世界の社会福祉の哲学・理念は、社会の激動に対応して激変している。この変化は、グローバル化の進展で各国共通しているはずだが、日本は、この潮流から20年以上は遅れ、ガラパゴス化している。研究者にも責任の一端はある。現在執筆中の教科書が、その改善に貢献できればと願っている。
 日本の社会福祉学の教科書の水準は、学問としての出発が遅かったためか、法律学や社会学と比べ、高いとは言えない。昔の社会福祉学の教科書には、欧米の原典を直訳したと思われる理解困難な悪文の本や公務員が書いた制度の紹介だけの無味乾燥な本がかなりあった。
 社会福祉学が学問として発展し、実務に貢献していくためには、国際的に評価される水準の高い教科書が数多く出版されることが待たれる。

研究部門 済生会総研 研究員 吉田 護昭

済生会医学・福祉共同研究(重症心身障害分野)

1.はじめに
 済生会医学・共同福祉研究(以下、「共同研究」)は、済生会(以下、「本会」)の医学的な水準の向上を図るとともに、本会の施設間および職員間の連携を図ることを目的としている。
 共同研究は、平成3年度(1991年)から開始された。開始当初は、医師を中心とした研究課題に限定されていた。平成14年度(2002年)からは、福祉に関する研究の充実を図るため、本会に属する全ての職種や職員にも研究対象を広げ、各専門分野の研究が進められてきた。
 そこで、本号では、重症心身障害分野に焦点をあて、これまでにどのような研究がすすめられてきたか、研究課題について紹介する。

2.研究課題
これまでに、重症心身障害分野で取り組んできた研究課題については、表1の通りである。

表1 重症心身障害分野における共同研究

No 年度 研究課題
1 平成17年度 重症心身障害児(者)が在宅を継続するための支援サービスの検討
2 平成18年度 重症心身障害児施設における個別支援計画の作成に関する研究
3 平成19年度 重症心身障害者における障害程度区分とADLの検討
4 平成20年度 重症心身障害児(者)施設における、施設入所者の日中活動の有効性―自立支援法と診療報酬改定の中で―
5 平成21年度 重症心身障害児施設における児者一貫の発達支援とそのための療育
プログラム
6 平成22年度 重症心身障害児者施設における利用者への想い―利用者QOL向上を目的とした関係者の意識調査―
7 平成23年度 重症心身障害児者における医療福祉生活情報のデジタル化の試み
8 平成24年度 重症心身障害児(者)における身体変形が生活支援に及ぼす影響
9 平成25年度 施設職員間のより充実した情報共有の実現に向けた試み―重症心身障害児者へのサービス向上を目指して―
10 平成26年度 重症心身障害児者の排便に対する実態調査と快適な排便習慣に向けた介入
11 平成27年度 外傷の早期発見と予防対策についての検討―重症心身障害児(者)・肢体不自由児における分析―
12 平成28年度 重症心身障害児(者)における身体変形の変化が生活支援の内容の変化に及ぼす影響について
13 平成29年度 重症心身障害児(者)・肢体不自由児者に対する状態変化の見抜き方の検討
14 令和元年度 ウェアラブル心拍センサーWHS-1(myBeat)を用いた重症心身障害者における自律神経活動について

※平成30年度は実施なし。

※研究課題によって、重症心身障害児(者)、重症心身障害児者と表記されているが、意味は同じである。重症心身障害児者施設と重症心身障害児施設も同様である。

 重症心身障害分野においては、平成17年度から令和元年度までの15年間、(平成30年度を除いて)毎年継続した研究が積み重ねられていることが明らかとなった。また、研究に関わっているメンバーは、様々な職種で構成されており、毎年、多くの職員が研究に参画している。14編の先行研究のうち、平成29年度までの先行研究については、CiNii(国立情報学研究論文情報ナビゲータ)にも掲載されている。
 13編全ての先行研究は、非常に興味深い研究であった(令和元年度の研究は報告書作成中)。そのうち、私が特に興味をもった研究が情報共有に関する研究であった(平成23年度と平成25年度)。重症心身障害児(者)の支援において必要不可欠なことは、職員間(職種間)における情報共有である。情報共有と一言で言うことは簡単なことではある。しかしながら、情報共有は実践していく上においては、非常に難しく、多くの課題も抱えているのが実情である。特に、重症児者施設では、多くの専門職が配置されているため、多職種間での情報共有は非常に重要な位置づけにもなる。こうした現場の課題解決に向けて研究していたのが、先述した2編の先行研究であった。

3.まとめ
 本号では、共同研究において進められてきた重症心身障害分野の研究課題を紹介した。13編の先行研究の熟読を通して、多くの学びを得ることができた。地域は異なっても、同じ方向性をもって研究に取り組むことができるのは本会の職員同士だからこそであり、済生会ならではの研究であると改めて感じた。共同研究の目的でもある、本会の施設間および職員間の連携を図ることを十分に果たしていると言える。済生会総研として、13編の先行研究から得た学びを活いかして、今後の研究に反映していきたいと考える。

―編集後記―

 4月下旬、済生会総研ホームページ内において、研究員紹介を追加しました。研究部門では、部門長含め、研究員は4名です。それぞれの研究員が、どのような分野で、どのようなテーマのの研究に取り組んでいるのか、これまでの研究実績等を掲載しています。特に、研究実績については、さらに研究を積み重ねていき、外部へ成果を発信していきたいと思います。
 近日中には、私が昨年度実施した研究の報告書を済生会総研ホームページ内の「研究報告」に掲載する予定です。

(吉田護昭)

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