済生会総研News Vol.97
本欄の87 回からは、安定した信頼できる介護保険制度とするため、どのように改革すべきかについて考察してきた。
まず超高齢社会における介護問題として高齢者虐待、介護離職、老々介護、ヤングケアラー、ダブルケアラー等の問題を提起した。
これらの問題は、執筆当時よりも人手不足は進行し、介護報酬の改定の影響を受けて訪問介護事業者の廃業・倒産が増加し、状況は一層悪化している。介護離職の増大は、企業の人手不足を加速し、日本経済への打撃は、看過できなくなっている。
次に現行介護保険制度の限界として、第1 に介護サービスに関する課題として介護給付の制限、人権を無視した介護の増大、地域における総合性・包摂性の欠如、第2 に介護保険の財政問題として保険料負担の増加、被保険者の範囲、第3に介護保険の運営体制の問題として市町村での運営体制、サービスの提供主体の問題を指摘した。これらの問題も未解決のままである。
最後に介護保険制度の改革の方向として介護財政の基盤強化や運営体制の改革案を具体的に提案し、介護保障制度をソーシャルインクルージョンの理念から再構築することが必要であることを提案した。
私は、1976 年にイギリスで社会保障制度の調査のために滞在していたとき、ちょうどイギリスでは高齢化に備えて医療、福祉にわたる高齢者対策のパッケージをまとめ、着実に実施に移していた。
イギリスは、1975 年に高齢化率が14%を超え、日本よりも一足早く高齢社会入りしたが、高齢者対策については終戦直後から始まっていた。1948 年のナショナルヘルスサービス(NHS)の発足と同時に、NHS の医療サービスと自治体の訪問介護、保健師訪問指導や施設サービスの一体化に努め、総合的な高齢者対策を講じてきた。日本も同様な状況になると考え、日本にレポートを送ったが、当時の日本は、危機感が薄く、なんの反応もなかった。
イギリスの高齢化率は、2022 年に19%となっているが、戦後一貫してニーズに適合するように不断の改革を続け、現在はコミュニティケアで乗り切ろうとしている。
日本は、「課題先送り先進国」である。超高齢社会の最先端を走る日本は、すでに多くの課題が山積しているにもかかわらず放置されている。このままだと衰退への道を走るだけである。ここで現実を直視し、果敢に問題解決に挑戦し、世界に「超高齢社会の解決モデル」を示すのが日本の役割である。
研究部門 済生会総研 上席客員研究員 植松 和子
高齢者薬物療法の適正化
はじめに
日本の高齢化率(65歳以上人口)は令和5年10月1日現在29.1%であり、高齢者に対する薬物療法は増加している。済生会の高齢者施設においても多くの入所者が薬物療法を継続している。高齢者は加齢に伴う生理的変化や、複数の併存疾患の治療薬同士の薬物相互作用により薬物有害事象のリスクが高く、身体機能低下や生活環境の変化により薬剤服用にも問題を生じやすい状況である。今年度の福祉施設会・薬剤師会連携研修会は10月に予定しており、調査前であることから本稿では総論も交えて報告させていただく。
高齢者多剤服用の現状とポリファーマシー
済生会福祉施設会・薬剤師会連携研修会で昨年度実施した調査から、済生会の高齢者施設における薬物療法、服薬等に関して多くの課題が明らかとなった。入所者の服薬に直接関わる職種は介護職が多く、服薬しにくい錠剤の粉砕や、飲食物への混合に対応している。
高齢者の医薬品適正使用指針2018では、ポリファーマシーを、多剤服用の中でも害をなすものと位置付けている。単に服用する薬剤数が多いことではなく、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態としている。全国の保険薬局における処方調査の結果によると、75歳以上の約25%が7種類以上、約40%が5種類以上の薬剤を処方されている(図1.)。併存疾患の増加と同時に、複数の診療科、医療機関の受診により、処方薬の全体が把握されず、重複処方も起こりやすい状況である。済生会福祉施設でも同様のリスクがあり、この状況を解消するには、医療者間の情報共有、連携、患者啓発が求められる。

高齢者の薬物療法と留意事項
高齢者に汎用される薬剤としては催眠鎮静薬、抗不安薬、抗うつ薬などの精神神経用薬、高血圧治療薬、糖尿病治療薬、抗凝固薬、消化性潰瘍治療薬、下剤などがあげられる。使用の際には加齢に伴う生理学的変化や、薬物動態の変化を念頭に、投与量の調節、副作用のモニタリングを確実に実施することが必要である。
腎機能低下による影響として、日常的に処方される下剤の酸化マグネシウム製剤についても漫然とした長期投与で、高マグネシウム血症を引き起こす可能性がある。高齢者では、腎排泄遅延によりマグネシウム濃度が上昇し、悪心、嘔吐、血圧低下、徐脈、筋力低下、頻脈などの症状が現れることがあるため、定期的な血清Mg濃度測定が必要である。
また、食品との相互作用にも注意を払う必要がある。高齢者でよく処方される、降圧薬のカルシウム拮抗薬であるニフェジピン、アムロジピンはグレープフルーツとの併用で作用が増強する。また、ワルファリンは血液凝固に必要なビタミンKの働きを妨げて血栓を予防するため、納豆、クロレラ、青汁などのビタミンKを多く含む食品との併用で作用が減弱する。
服薬支援
高齢者では、処方薬剤数の増加に伴う処方の複雑化や服用管理能力の低下などに伴い服薬アドヒアランスが低下する。要因として、認知機能低下、難聴、視力低下、手指の機能障害、日常生活動作の低下、嚥下機能低下、独居などがあげられている。これらを理解したうえで、服用管理能力を正しく把握し、正しく服薬できるように支援する必要がある。
済生会の福祉施設でも、錠剤を粉砕することが多いことから、錠剤粉砕のリスクと留意事項について理解しておく必要がある。粉砕により薬効が増強し有害作用を起こす可能性や、薬効が減弱し、効果が得られない可能性がある。粉砕可否については調剤者などに必ず確認をとる。錠剤粉砕のリスクに関する注意喚起については、PMDA医療安全情報No.65 2023年 3月が発出されており、粉砕できない徐放性製剤で粉砕投与の報告が多い薬剤については一覧表(表1.)が提供されておりご確認いただきたい2)。

高齢者施設の服薬簡素化提言
2024年5月;に一般社団法人日本老年薬学会作成、日本老年医学会・全国老人保健施設協会協力により、「高齢者施設の服薬簡素化提言」が提示された3)。服薬簡素化とは 服薬回数を減らし、可能なら昼 1 回にまとめることを指す。服薬回数を減らすことにより、誤薬リスクの低下と医療安全の向上がもたらされ、入所者にとっては服薬負担軽減と服薬アドヒアランスの向上が得られる。また、施設職員にとっては与薬負担軽減と勤務の平準化が期待できる。服薬を昼 1 回にまとめることにより、施設職員の多い昼の時間帯に服薬を集約することができる。昼服用に適さない薬剤については考慮が必要としている。この提言は薬剤種類数を減らす減薬とは 独立して「服薬簡素化」に焦点をあてたものであるとしており、高齢者施設では、処方見直しと並行して、服薬簡素化を積極的に進めるべきであると提言している(図2.)。

まとめ
高齢者施設では入所者への介護が多岐に渡り、業務が膨大になっている。服薬管理、服薬支援にも多くの時間と労力が必要となり、入所者介護の質の低下にもつながりかねない。高齢者施設において、転倒や外傷に次いで、「誤薬」の事故が多く報告されており、職員不足や薬物療法の複雑性も要因として指摘されている。今後はポリファーマシー対策とともに、服薬簡素化の視点も取り入れて、入所者の医療安全、薬物療法の適正化を考えていく必要がある。最近の論文では嚥下機能評価による服薬支援についても研究が行われており4)、今後は嚥下機能評価による服薬支援も念頭に、医療職、介護職相互の連携を進めることが求められる。
参考資料
1)高齢者医薬品適正使用検討会,高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編);2018年5月 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/kourei-tekisei_web.pdf
2)徐放性製剤の取り扱い時の注意について;PMDA医療安全情報 No.65 2023年 3月 https://www.pmda.go.jp/files/000251752.pdf
3)高齢者施設の服薬簡素化提言2024年5月; 一般社団法人日本老年薬学会作成,日本老年医学会,全国老人保健施設協会協力
4)大坪ら;錠剤嚥下障害の実態調査と服薬補助製品による服薬改善評価ーPILL-5アセスメントツールを用いてー;医療薬学 50(9)473-485(2024)
―編集後記―
夏至を迎えるこの6月、今年は気温が高く、急な暑さに体がなじめずにいる方も多いようです。今週も、夕暮れの道端や朝の駅のホームでぐったりした人が介抱されている場面を目にしました。今年はどんな夏になるのか気になります。体調管理に気を付けて、過ごしたいと思います。(Harada)

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