済生会総研News Vol.96
本欄の87回からは、安定した信頼できる介護保険制度とするため、どのように改革すべきかについて考察している。介護保険制度の改革の方向についてまず介護保険制度の仕組みの改革案、前回までサービス提供主体について述べてきた。今回は、介護保険とインクルーシブ社会との関係について述べたい。
高齢者を巡って現在の最大の問題の一つは、高齢者の孤立である。
本欄ですでに触れたが、高齢者だけの世帯や高齢者の単身世帯が急増している。2022年の「国民生活基礎調査」によると、高齢者のいる世帯で夫婦だけの世帯が32.1%、高齢者の単身世帯が31.8%である。長寿化や家族の小規模化等によってこの割合は、増加していく。人類が経験したことのない現象である。
これによって高齢者の生活や健康の維持が心配される。最悪の場合は、孤独死となって発見される。私は、2000年に日本で孤独死が2~3万件発生していると推計し、発表した。当時孤独死問題は、社会的関心が乏しかったので、問題の深刻さを広く認識してもらうためにある。
昨年5月、警察庁は、自宅で亡くなった一人暮らしの高齢者は6万8千人との推計を発表した。すべてが孤独死だったかは分からないが、以前より格段に増加しているのは疑いようのない現実である。
認知症の高齢者も増大している。2025年の認知症の高齢者は、730万人で高齢者の2割に当たる。日常生活に支障を生じ、本人の身体の危険や失火の心配など尽きない。
このような問題を根本的に対処するためには、社会から排除され、孤立する人を社会の一員として暮らせるようにするソーシャルインクルージョンの理念を普及・定着し、インクルーシブ社会とすることである。行政だけで対応することは、非常に困難であるので、地域住民が高齢者を見守り、必要に応じて援助する。
このため現行の介護保険制度をソーシャルインクルージョンの理念から再構築することが必要である。介護保険法第5条の2第1項に「国及び地方公共団体は、認知症に対する国民の関心及び理解を深め、認知症である者への支援が適切に行われるよう、認知症に関する知識の普及及び啓発に努めなければならない。」と規定しているのは、同様の趣旨だろう。
すでに済生会では「ソーシャルインクルージョン推進計画」を策定し、40都道府県で取り組んでいる。例えば済生会兵庫県病院では近隣のUR団地でひとり暮らす高齢者に対して保健師が個別訪問をし、健康相談に応じている。
研究部門 済生会総研 研究部門長 山口 直人
人生の最期を迎える場所: 自宅VS病院
研究部門における令和7年度に取り組む重点課題は以下のとおりです。
日本救急医学会を中心に多くの学術団体が共同で「高齢者救急の現状とその対応策についての提言2024(日救急医会誌,2025)」を公表した。我が国の救急搬送人員の60%は高齢者といわれるが、予期せぬ全身状態の急変で救急搬送が必要な高齢患者がいる一方で、従来より持っている持病や老衰で、救急搬送しても予後の改善が見込めず、本人が救急搬送を望まない高齢患者が最終末に救急搬送されて、救命ではない延命目的の治療を受けている現状に対して、患者本人のみならず、その家族、日常的にケアを行う医療・福祉関係者、消防職員など、あらゆる関係者がとるべき対応について提言をまとめたものである。
日本財団の全国調査(人生の最期の迎え方に関する全国調査, 2021)によると、67~81歳の60%は自宅で亡くなることを望んでいる一方、医療施設を希望する割合は34%、介護施設を希望する割合は4%であったという。亡くなる当事者は「家族に迷惑をかけたくないこと」(95%)、親を送る子供世代は「親が家族等との十分な時間を過ごせること」(86%)を理由に挙げている。
実態はどうかというと、人口動態調査によると、1950年には、自宅で亡くなる割合は80%、病院・診療所(以下、病院)で亡くなるのは10%程度であったのが、自宅での死亡は、その後、ほぼ直線的に減少、逆に、病院での死亡は直線的に増加して、2010年には、病院が80%、自宅が10%と逆転した。しかし、その後、この傾向は反転し、2020年には病院で亡くなる割合は70%と減少傾向、自宅で亡くなる割合は15%と増加傾向、そして、介護施設等で亡くなる割合も15%と増加傾向を示している。
高齢者の60%が自宅での死亡を希望しているのに、実際は15%と乖離がある理由は複数考えられるが、日本救急医学会等による提言でも取り上げられているように、従来から持っている持病や老衰の最終形態として、予期できる形で臨終を迎えようとしている高齢患者が、患者本人が在宅看取りを希望しているのに、種々の理由で救急搬送されて病院で亡くなるケースが大きな問題であろう。そのような状況に提言の中で最も重視されているのは、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)(日本語の愛称は「人生会議」)である。ACPは、人生の終末期の過ごし方について、家族や親しい人と医療者とともに本人の希望を話し合うことで、実際にその時が来た時に本人の希望が叶えられるようにする準備のプロセスであり、状況の変化に応じて本人の希望も変化し得ることから繰り返し行うことが勧められている。しかし、我が国におけるACPの認知度は5%程度と低いこともあり、人生の最終段階の急変の中で、本人の希望通りに行かない状況は容易に想像できる。
中でも、かかりつけ医の存在は極めて重要である。高齢者の体調が急変する理由には、以前から持っている持病や老衰の影響で予期できる変化と、それらでは説明できない、予期できない変化があり、それらの見極めが極めて重要であるが、本人、家族のみでは判別は困難であり、医師の判断を仰ぐ必要がある。中でも、日頃の状態を熟知しているかかりつけ医の役割は極めて大きい。また、かかりつけ医がいても、訪問診療や緊急時の往診ができない場合には、在宅看取りか救急搬送かの判断は困難となる。さらに、在宅看取りを選択した場合でも、往診による診察ができない場合は、死亡診断書の発行ができずに、死体検案書発行の対象となる可能性も出てくる。このような状況では、やむを得ず救急搬送が選択されることも少なくない。
20世紀は「病院の世紀」と呼ばれた。19世紀までは医師の外来オフィスが診療の場であったが、20世紀に入って、医薬品の開発、複雑な手術手技の開発等によって、外来での治療は限界が出て、病院での入院治療が一般的になってゆく。また、その過程で、医師と患者の情報格差は格段に大きくなり、治療方針等はもっぱら医師の判断に委ねられてゆく。その延長線上で、最終末期の医療も救命が不可能な状態でも、患者の希望とは無関係に延命治療が行われることが稀ではなかった。21世紀に入って、治療方針の決定において患者の意向を重視する傾向が強まってきたが、ACPもそのような文脈でとらえることも可能である。また、地域包括ケアで示されているように、病院中心ですべてを完結する医療から、社会の中で面として、しかも医療のみでなく、介護・福祉も含めて包括的な仕組みでサービスが提供されるようになりつつあり、そのような医療・福祉全体の動きに対して済生会がどのような方向性を打ち出すのか、社会の関心も大きい。一方、先述の日本財団の調査で、34%の高齢者が、介護施設を、亡くなる場所として絶対に避けたいと回答しているが、こちらについては総研の原田上席研究員の研究に委ねることとしたい。
―編集後記―
先日、日本橋にてにぎやかな雰囲気に気づき、人垣からのぞき込むと、ちょうど神輿が通り過ぎるところでした。調べると、どうやら神田祭神幸祭の大神輿巡業だったようです。神田祭は江戸三大祭の一つだそうで、期せずして貴重な場に遭遇したようです。印象的だったのはその場にいる方々が皆、いきいきとした表情だったことです。ハレとケという言葉がひさびさに頭に浮かんだ夕方でした。(Harada)

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