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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第90回 介護保険制度の将来像(11)
本欄では現行の介護保険制度が崩壊の瀬戸際、もしくは崩壊の前兆がすでに表れているので、制度の基本的あり方について早急に検討すべきであると警告してきた。しかし、未だに政治や実務家、研究者の間では活発な議論がなされていないのは残念である。
最近になって民間訪問介護事業者の倒産・廃業が急増し、訪問介護を必要とする家庭から不安の声が出始めた。これを受けて介護事業関係者からようやく介護保険制度のあり方について議論がなされるようになった。今後どのように展開されるか注目していきたい。
本欄の87回からは、安定した信頼できる介護保険制度とするため、どのように改革すべきかについて考えている。まず財政基盤の強化について取り上げているが、3つの選択肢が考えられる。
第1として「保険制度」から税を財源とする一般事業に転換する選択肢である。第2として考えられる案は、介護事業を2分割することである。これはオランダの2015年の医療介護改革に倣うものであるが、介護保険を分割し、給付対象は、施設入所と在宅介護に絞り、他の家事援助、地域支援事業、福祉用具貸与事業等は一般財源で賄う市町村事業に2分割することである。
今回は、第3の選択肢を述べたい。これは、現在50%となっている公費負担割合を引き上げることである。これに対して介護行政従事者や社会保障研究者は、保険負担分が50%を下回ると、介護「保険」でなくなると猛烈に反論する。しかし、これは、世界の保険学からみて根拠のある主張なのだろうか。
そもそも現行の介護保険制度自体が、国際的標準からみて「保険制度」なのか疑わしい。財源の50%だけが保険料、反対給付が少ない第2号被保険者制度の存在、保険事故への給付に該当しないものがかなり含まれることなどから純粋な保険理論から成り立っている制度ではない。
また、最近少子化対策のために医療保険制度を利用して「子ども・子育て支援金制度」が設けられたが、この支援金が保険料なのか税金なのか分からない性格のあいまいな制度も登場している。さらに現在被用者医療保険制度から医師不足地域対策の費用を拠出することが政府内で検討されていると報じられている。そうなるとますます保険制度と税を財源とする制度の区別がつかない。他国に例が存在しない日本独特の社会保障制度の世界に入りつつある。
このような状況からは公的負担割合の引き上げ論も十分に成立するだろう。
この場合経費節減の努力を示す必要がある。そうでなければ、安易に税に依存することになりかねないからである。
研究部門
済生会総研 客員研究員/産業医科大学 産業保健データサイエンスセンター助教 藤本 賢治
医療機関の現状と将来推計
我が国は急激な高齢化の進行に伴い、必要となる医療資源は従来の急性期中心の機能から回復期・慢性期の機能への変革が必要となる可能性がある。高齢者は、加齢とともに糖尿病、心疾患、がんなどの生活習慣病や認知症、筋骨格系疾患など多くの疾患の有病率が高まり、複数の疾患に罹患していることが多い。また入院期間が長期化し必要病床数は増加するが1日当たりの単価は減少する。他方、人口は減少傾向であり、利用者である患者は減少する。
厚生労働省は、地域医療構想において、医療の機能に見合った資源の効果的かつ効率的な配置を促し、急性期から回復期、慢性期まで患者が状態に見合った病床で、状態にふさわしい、より良質な医療サービスを受けられる体制を作ることが必要、としている。医療機関は、各地域のおける機能分化に対応した資源の適正化を行わなければならない。他方、医療機関においては、地域に応じた機能へ移行するため資源の再構築を行わなければならないが、他の医療機関との機能分化や将来の人口構成の変容や傾向を考慮した分析は進んでいない。
今回、地域ごとの将来の医療ニーズの違いについて、済生会山口総合病院と済生会富山病院を比較する。
各都道府県別の人口の変容についてである。2020年の人口と比較したときに2025年以降の将来推計の比率を示している。2045年には、富山県は81.0%、山口県は77.7%となる(図表1)。両県とも、年少及び生産年齢人口は、2045年には70%強であるが、老年に関しては、富山県が98%であるのに対し山口県は88.9%となっており減少の幅に大きな違いがある(図表2)。
図表1.将来推計人口の2020年からの比率
|
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
富山県 |
97.8% |
93.9% |
89.8% |
85.3% |
81.0% |
山口県 |
96.7% |
92.1% |
87.4% |
82.5% |
77.7% |
図表2.将来推計人口の2020年からの比率(年齢区分別)
|
|
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
富山県 |
年少 |
92.5% |
85.4% |
80.7% |
76.4% |
72.3% |
|
生産年齢 |
97.8% |
93.2% |
87.1% |
78.7% |
72.6% |
|
老年 |
99.3% |
98.1% |
97.5% |
99.9% |
98.3% |
山口県 |
年少 |
92.2% |
84.7% |
80.5% |
75.8% |
71.3% |
|
生産年齢 |
96.2% |
91.6% |
85.6% |
77.7% |
71.8% |
|
老年 |
98.8% |
95.2% |
92.2% |
91.9% |
88.9% |
外来については、富山病院はコロナ前と比較すると1日当たり受診日数が2025年で37人少なく、その後も減少を続ける(図表3)。山口総合病院は、コロナ前と比較すると大きな差はなく、2035年まで増加するがその後減少する。2045年の1日当たりの受診日数は2025と大きな違いはない(図表4)。
図表3.富山病院の外来の将来推計
|
2018 |
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
患者数 |
26,293 |
23,992 |
23,805 |
23,258 |
22,779 |
22,490 |
受診日数 |
115,268 |
105,187 |
105,139 |
102,150 |
100,386 |
100,558 |
受診者数/平日 |
465 |
428 |
424 |
412 |
402 |
409 |
図表4.山口総合病院の外来の将来推計
|
2018 |
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
患者数 |
23,465 |
23,584 |
23,919 |
23,894 |
23,338 |
23,039 |
受診日数 |
110,203 |
109,933 |
112,210 |
112,530 |
109,949 |
109,128 |
受診者数/平日 |
450 |
447 |
452 |
454 |
440 |
444 |
入院については、富山病院はコロナ前と比較すると、患者数は2040年まで増加する(図表5)。山口総合病院は、手術無の患者はコロナ前に戻ることは無く、手術有の患者も大きな増減は無い(図表6)。1日当たり単価は、富山病院、山口総合病院ともに、2025年以降減少傾向となる。1日当たりの必要病床数は富山病院は2040年に向けて23床増加するが、山口総合病院は2018年を超えることは無く現状の病床数でカバーできる。
図表5.富山病院の入院の将来推計
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手術無 |
|
|
|
|
|
|
2018 |
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
患者数 |
4,197 |
3,827 |
4,024 |
4,108 |
4,135 |
4,087 |
平均在院日数 |
14.3 |
14.7 |
15.0 |
15.4 |
15.6 |
15.5 |
単価/日 |
3,841 |
4,533 |
4,518 |
4,498 |
4,492 |
4,495 |
病床数/日 |
164 |
154 |
166 |
174 |
177 |
174 |
手術有 |
|
|
|
|
|
2018 |
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
2,022 |
2,060 |
2,120 |
2,137 |
2,143 |
2,131 |
12.4 |
13.7 |
14.1 |
14.3 |
14.4 |
14.3 |
8,713 |
9,154 |
9,029 |
8,906 |
8,824 |
8,842 |
69 |
77 |
82 |
84 |
84 |
84 |
図表6.山口総合病院の入院の将来推計
|
手術無 |
|
|
|
|
|
手術無 |
2018 |
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
患者数 |
3,794 |
3,491 |
3,687 |
3,758 |
3,778 |
3,753 |
平均在院日数 |
16.9 |
16.5 |
16.6 |
16.7 |
16.7 |
16.8 |
単価/日 |
3,960 |
4,815 |
4,735 |
4,699 |
4,664 |
4,673 |
病床数/日 |
176 |
158 |
168 |
172 |
173 |
172 |
手術有 |
|
|
|
|
|
2018 |
2025 |
2030 |
2035 |
2040 |
2045 |
2824 |
2,750 |
2,837 |
2,854 |
2,792 |
2,769 |
13.7 |
13.5 |
13.7 |
13.8 |
13.8 |
13.8 |
10,103 |
10,720 |
10,568 |
10,497 |
10,409 |
10,395 |
106 |
102 |
107 |
108 |
105 |
105 |
現在、我が国では人口の減少および高齢化率が増加しているが、地域ごとに、医療提供体制や医療機関の機能は異なるため、将来の見通しも変わってくる。
高齢化率の増加により医療需要は増加傾向となるが、単価が減少していくことから、現在の急性期中心の機能から回復期慢性期の機能に見直す必要がある。人口減少の影響が大きい地域は、病床数の削減を検討する必要がある。また、医療提供体制に合わせた医療スタッフの体制の見直しも必要となる。
今回の研究では、2医療機関における将来推計について検討した。将来推計は、地域ごとに医療機能を検討する必要性について検討することが必要となることが明らかとなった。
今後は、各医療機関からご要望があれば、同様の将来推計について検討したいと考えている。また医療機関への情報提供は今後も進めていきたい。