済生会総研News Vol.89
本稿では現行の介護保険制度について介護保険料、介護保険の被保険者の範囲、介護サービス内容の3分野にわたって大きな問題点が存することを述べてきた。
前回からは、これらの問題点を克服し、安定した信頼できる介護保険制度とするため、どのように改革すべきかについて考えている。
まず財政基盤の強化について取り上げる。現行の介護保険制度は、発足時から財政構造に不安を抱えての船出で、早晩、行き詰ることは予想された。
そのため介護保険制度の財政基盤の安定化を図るためには、現行制度を基本から見直さなければならない。3つの選択肢が考えられる。
第1は、「保険制度」から税を財源とする一般事業に転換することである。これは介護保険創設時の議論に戻ることになる。
介護保険制度を有している国は、世界では少数に属する。日本が介護保険制度を検討する際は、ドイツとオランダの先行例を挙げ、介護保険制度は、世界の社会保障の今後の趨勢であるかのような議論がされた。しかし、未だに介護保険制度を有している国は、増えない。
先行例であったドイツは、1994年に介護保険法を制定したが、当時公的扶助制度の介護扶助を受ける年金受給者が、増加していたという特殊事情があった。現役を終えて年金受給者となった多くの者が、介護施設に入居すると、費用負担から公的扶助を受けざるを得なかった。ドイツでもこれにスティグマを感じたので、その改善が急務だった。州や自治体の公的扶助負担も重圧になってきたこともあり、介護保険制度導入の理由だった。
制度の仕組みは、施設入居費用の一部を支給する、家庭介護に現金給付を行う、全年齢層を対象とするなどで日本とは大きな相違がある。このような違いを無視して、ドイツで実施が開始されたから日本でも必要というのは、根拠が薄弱だったと言わざるを得ない。
世界最初にオランダで1968年に介護保険制度が導入された。しかし、日本と同様に給付費が増加し、財政が行き詰り、2006年、2015年と改革が実行された。2015年には介護保険制度は、介護保険法に基づく入所介護、健康保険法に基づくホームナーシングケア、社会支援法に基づくソーシャルケア・社会支援、青少年法に基づく子どもに対する予防・メンタルヘルスの4分割にされた。
日本が参考にしたオランダで介護保険は、大きく姿を変えている。このように介護分野で「保険制度」が成り立つのか、原点に戻って再検討を要するのである。以下次号に続く。
研究部門 済生会総研 上席企画員 鈴木 孝尚
済生会地域包括ケア連携士の法人外での養成による効果についての調査研究
済生会では、本会の理念や特徴を生かした地域包括ケアを推進する役割を担う「済生会地域包括ケア連携士(以下、連携士)」を2016年より養成してきた。連携士は、高齢者のみならず、障害者、児童、生活困窮者など社会的支援を要する様々な人を対象とし、医療・福祉・介護だけでなく、住まい・就労・生活支援・教育等も含む幅広い支援を多職種・多機関との連携・協働により行い、本人の意思が尊重されたその人らしい生活が送れるよう支援することを目指している。加えて、地域共生社会の実現が求められる中、地域の潜在的ニーズの把握や新たなサービスや仕組みの開拓、住民とともに課題解決を図ることで、インクルーシブ社会の実現にも貢献するといった本会独自の取り組みである。
済生会がこのような連携士を養成する背景には以下の4点がある。
1点目は、済生会の歴史や理念である。済生会は明治天皇による「済生勅語」により創設された団体であり、「施薬給療の精神」のもと、無償で医薬を提供するといった支援を「無告の窮民」に対し行ってきた。無告の窮民とは、「生活の困窮を外部に訴えることもできないほど貧しい人」であり、現代的に言い換えれば「相談に来ることもできない」「アウトリーチをしていかないと救えない」といった環境におかれた人と言うこともでき、本会はそうした人を救いたいという思いで始まった歴史を持つ。また、大正時代には現代における乳児院や訪問看護といった事業のほか、日本で初となるMSW(医療ソーシャルワーカー)を配置するなど、多くの先駆的事業が行われ、こうした先駆的事業を行うことも法人として重要な視点としている。今日においても、生活困窮者支援事業や地域における公益的な取り組みなど全国で様々な実践が行われ、誰も取り残さないインクルーシブ社会の実現を目指している。
2点目は、社会福祉法人として求められる視点である。社会福祉法人である本会は、地域福祉の推進にあたり「住まい、就労、教育を含めた地域生活課題の把握と解決を、関係機関等と連携して支援すること」が求められている。また、「社会福祉事業及び公益事業を行うに当たっては、日常生活又は社会生活上の支援を必要とする者に対して、無料又は低額な料金で、福祉サービスを積極的に提供するよう努める」必要があり、地域における公益的な取り組みの積極的実施が求められている。
3点目は、地域共生社会実現への貢献である。地域共生社会の実現に向け、市町村の任意事業として重層的支援体制整備事業が創設された。その事業では「包括的相談支援事業」において包括的に相談を受け止め、複雑化・複合化した事例については「多機関協働事業」につなぎ、自ら支援につながることが難しい人には「アウトリーチ等を通じた継続的支援事業」により支援することが期待されている。また、社会との関係性が希薄化し参加に向けた支援が必要な人には「参加支援事業」を行うほか、「地域づくり事業」を通じて住民同士のケア・支え合う関係性を育むことや、地域における社会的孤立の防止をめざしている。
4点目は、複合的課題への対応や潜在的ニーズ把握が実際の支援でも求められてきている点である。支援を必要としている人の抱える課題は多岐にわたり、8050問題やヤングケアラーといった複数の課題を抱えることも少なくない。そうした支援に対応できる連携実務や多分野の知識や理解、アセスメント力等が求められる。また、見えにくい課題・制度の狭間への支援・アウトリーチも必要であることから、アウトリーチや関係機関等が連携した支援、孤立を防ぎ寄り添う支援等も学ぶ必要がある。
こうした背景を踏まえ、連携士を養成するプログラムでは何を学ぶことが必要かを考え、「アウトリーチとニーズ把握」「事業化を含めた資源開発」「地域・ネットワークづくり」「支援者の養成」「本人の意志の尊重と当事者理解」「多機関・多職種連携」「多分野の理解」「住まい・就労・教育を含めた支援」「アセスメントの基礎(ソーシャルワーク等)」といったテーマをプログラムに含めることとした。学習方法としては、すべてを座学で行うには時間がかかるため、都合のいい時間や隙間時間を利用できるよう、eラーニングを活用しオンデマンドで視聴できる環境を整えた。加えて、オンラインでの講座も設け、職場から受講が可能な時間も確保し、対面ではグループワークを中心に2日間かけて受講といったプログラムを作成した。eラーニングでは、済生会の幅広い実践を動画コンテンツとテキストにすることで受講者に提供し、制作に必要な費用の一部は、地域共生社会の実現に資する人材の育成となるとの理由から日本財団の助成を受けることで制作した。
これまで、法人内で500名を養成することを目標に研修会を本部主催で開催し、2023年度までに6回の養成研修会を開き491名の連携士を養成した。当初の目標を概ね達成したことや、外部法人からの受講希望があること、さらには地域包括ケアの推進には、他法人の職員も含め同じ視点で取り組む必要があることから、2024年度より法人外に向けた連携士の養成を開始することとした。また、本部での開催のほか、同じ地域で働く法人内外の職員が同時に受講できるよう都道府県支部による開催もできるよう環境を整えた。その結果、2024年度は北海道支部では小樽市との共催、栃木県支部ではとちぎソーシャルケアサービス従事者協議会(社会福祉士会・介護福祉士会・精神保健福祉士協会・医療社会事業協会、ホームヘルパー協議会、ソーシャルワーカー協会)との共催で開催することになり、本部及び2つの支部で開催する本研修において、法人外の職員も参加することとなった。
また、地域共生社会の実現と高い親和性をもって発展してきた連携士養成研修は、修了者を重層的支援体制整備事業の連携・調整役として配置するといった自治体の動きにもつながり、北海道小樽市では地域共生コーディネーターとして連携士を配置することとなった。
このような流れの中、法人外の職員を対象に法人独自の人材養成研修をすることで、法人の理念や特徴を生かした取り組みが地域への展開等にどのような効果があったかを、法人内外の受講者へのアンケートやインタビュー調査等により明らかにしたいと考えている。
今後、研究協力者である原田上席研究員(済生会保健・医療・福祉総合研究所)とともに研究を進め、その進捗については適宜報告したい。
―編集後記―
10月上旬に開催された国際福祉機器展を視察してきました。ベッドや車など最新の福祉機器が見られるだけでなく、AIを活用した事業、余暇活動を手助けする技術など、多様なニーズに対応した展示が増えていました。
利用者や援助者の日常の中で、革新的な技術や製品をどう活用するのか、スキル・費用なども含め、環境づくりを検討していく必要があると感じました。来場者の中には高校生や大学生もいて、熱心に最新技術のブースを見学していました。
(Harada)
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