済生会総研News Vol.86

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第84回 介護保険制度の将来像(6)

 本稿では現行の介護保険制度の問題点について論じているが、これまで第1の問題として介護保険料、第2の問題として介護保険の被保険者の範囲について述べてきた。前回からは介護サービスの問題を取り上げている。
 前回は介護事業の人手不足について述べたが、今回高齢者について地域での総合性と包摂性の欠如を取り上げたい。これは理念的な事項に一見思えるが、実際の介護サービスの展開では大変重要な事項である。
 介護保険制度は、介護保険法第1条、第2条で規定しているように高齢者が住み慣れた地域で可能な限り在宅でケアを受けられること、福祉と医療両面のサービスを総合的に利用できることを目的としている。
 しかし、現実は、介護保険法施行後は施設サービスの給付額が増加したので、2005年の介護保険法改正で介護保険施設における居住費と食費を利用者負担とし、施設サービスに抑制がかかってきた。
 さらに2011年の介護保険法改正では地域包括ケアシステムの導入が行われた。地域包括ケアについての厚労省の説明は、「団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるように、医療、介護、予防、住まい、生活支援が包括的に確保される体制」と述べている。
 厚労省が地域包括ケアシステムの具体像をポンチ絵で示しているが、これはサービスの総合性・包摂性の見地から問題点が多い。国際的な水準からは本当の地域包括ケアとは言えない。
 第1は、厚労省の示したポンチ絵でのサービスは、介護保険法で提供される給付の範囲に限定されている。しかし高齢者にとって必要とされるサービスは、住まい、経済問題、振込詐欺等の防犯、食事、清掃等の日常生活問題、家族関係の調整等々多岐にわたる。これは介護保険の範囲外として放置すると、判断能力に欠ける高齢者は戸惑うばかりである。
 第2は、高齢者の立場に立ってこれらの問題を支援する人が、介護保険法では用意されていない。地域包括支援センターやケアマネジャーは、善意で行っている場合があるものの、制度上の任務となっていないので制約がある。福祉事務所や市町村社会福祉協議会のソーシャルワーカーがこの任務に当たることも考えられるが、制度上は規定されていないため、一般的には行われていない。
 済生会の進めている「済生会地域包括ケア連携士」は、この空白を埋めようとするものである。他の問題点は、次回に委ねたい。

研究部門 済生会総研 上席研究員 植松 和子

薬剤師と福祉施設の連携 ―福祉施設会・薬剤師会連携研修会の開催―

 昨年度、済生会病院薬剤部・福祉施設対象に調査した「済生会高齢者福祉施設および児童福祉施設における服薬等に関わる調査」の結果から、福祉施設入所者の医薬品適正使用のための情報が不足していることが分かった。特に済生会に多い特別養護老人ホーム(以下特養)には様々な課題が見られた。
 特養における医療提供については、基準上、入所者に対し、健康管理及び療養上の指導を行うために必要な数の医師を配置することとされている。また、(1)緊急の場合、(2)配置医師の専門外の傷病の場合、(3)末期の悪性腫瘍の場合、(4)在宅療養支援診療所等の医師による看取りの場合には、配置医師以外の外部医師が診療を担うこととなっている1)。
 一方、薬剤師は、特養への配置基準はないが、医薬品の供給、処方薬の調剤、服薬指導については保険薬局が担うこととなっており、入所者個々の薬剤管理については施設で行っている場合、薬局が一元的管理している場合がある。済生会では近隣の病院薬剤部で担っている事例もある。令和6年度診療報酬改定で、保険薬局では、施設連携加算として、介護老人福祉施設(特養)の施設職員と協働して、日常の服薬管理、薬学的支援、服薬指導を実施することで、月に1回50点が算定できるようになった2)。しかしながら現状を見ると、保険薬局の薬剤師が施設を訪問する1回あたりの滞在時間、対応患者数には限りがあることも事実であり、他の業務が多いことなどから、施設職員との連携、服薬アドヒアランス、ポリファーマシー対策や、副作用モニタリングなど患者への薬学的管理の実施は困難な状況である。前出の済生会の調査においても、薬学的管理の実施は難しい状況となっていた。
 高齢者施設における多剤服用等の状況については、令和元年度老人保健健康増進等事業 「地域包括ケアシステムにおける薬剤師の在宅業務の在り方に関する調査研究事業」3)、令和3年度厚生労働省老人保健健康増進等事業 「特別養護老人ホームにおける医療ニーズに関する調査研究事業」3)の調査から、高齢者施設の入所者について、5種類以上の薬剤を服用している入所者が最も多い施設が約75%であり、多剤服用による有害事象のリスク増加や服薬アドヒアランス低下、いわゆるポリファーマシーが懸念される状況である。また、施設の看護職員が服薬支援に多くの時間を費やしているとの回答も約90%に達する結果であり、介護職員含め、施設職員における服薬支援の負担は大きいと考えられる。
 このような実情を鑑み、済生会施設の入所者の医療安全、医薬品の適正使用を念頭に、医薬品情報の入手支援、情報共有が可能になるよう、福祉施設と薬剤師の連携を推進することとなった。具体的な最初の取り組みとして、福祉施設会、薬剤師会の意見交換会を開催し、研修会の実施を決定した。
 第1回の福祉施設会・薬剤師会連携研修会は2024年2月15日(木)に本部大会議室に於いて、対面で開催した。内容は、田嶋福祉施設会会長からの経緯説明と挨拶、総研研究員からの研究報告、その後2つの講演が行われた。

 講演1 は全国済生会病院薬剤師会会長で済生会横浜市東部病院、菅野浩薬剤部長から「医薬品と医療安全」、講演2は済生会湯田温泉病院、柴崎智行薬剤副部長から 「介護に役立つ薬のはなし」であった。講演後、意見交換が行われ、最後に参加者アンケートを実施した。参加者は17名で介護士7名 、看護師5名、事務職5名ですべて特養の職員であった。
 アンケートは17名の参加者全員から回答を得た。現状で課題となっていることとして、錠剤の粉砕の可否が不明、皮膚トラブル時の薬の使用法、一包化されている薬の鑑別、薬を吐き出した場合の対応、誤薬時の対応、麻薬の取り扱い方法、併用禁忌薬・注意薬の確認、薬の効果が適切かわからない、薬剤師との連携のタイミングが難しいなどの課題があげられた。
 今回のアンケート結果を踏まえ、今後の研修会テーマを検討するとともに、ハイブリッド形式の開催、アーカイブでの配信など研修会開催方法等についても検討していくこととなった。薬剤師と福祉施設の連携を強化し、済生会ならではの方法で、入所者の薬学的管理を支援できればと考える。

参考資料

1)高齢者施設・障害者施設等における医療,厚生労働省,(参考資料:令和5年4月1日)
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001132761.pdf

2)令和6年度診療報酬改定の概要 【調剤】, 厚生労働省保険局医療課,令和6年3月5日版
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238903.pdf

3)薬局薬剤師による介護事業との連携に関する調査研究事業報告書,株式会社野村総合研究所,令和6(2024)年3月
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2024/mcs/social_security/0410_1

―編集後記―

 パリオリンピックがはじまりました。バスケットやサッカー、バレーボールといった球技系の注目度の高い種目だけでなく、カヌーや射撃などあまりテレビではみる機会の少ない競技も楽しみです。この晴れ舞台を迎える選手にそれぞれのエピソードがあると思うと、悔いのない精一杯の時間を過ごしてほしいと願わずにいられません。
 今大会の新種目となったブレイキン、なぜあの人間ばなれした動きが可能なのか、人体の不思議と表現力にひたすら圧倒されます。暑い夏、活躍を見守りたいです。
(Harada)

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