済生会総研News Vol.85
本稿では現行の介護保険制度の問題点について論じているが、これまで第1の問題として介護保険料、第2の問題として介護保険の被保険者の範囲について述べてきた。今回からは介護保険によって提供される介護サービスの問題を取り上げたい。介護保険が存在しても適切に介護サービスが提供されなければ、介護保険の存在理由がない。現在このような状況が進行し、介護保険が崩壊状態だと警告する理由の一つは、ここにある。
まず介護事業の深刻な人手不足がある。厚労省の推計では、2025年における介護職員必要数が約243万人で約32万人不足する。団塊ジュニアが65歳以上になる2040年度においては、約280万人で約69万人不足する。この推計は、2019年度時点において市町村の推計をまとめたもので、現在の状況は、これよりも各段に厳しくなっていると考えられる。要介護者の重度化・多様化によって必要数が増加していること、介護職員の採用難や離職者の増加が進行していることなどからである。
最近は民間の介護事業者の倒産や廃業件数が急増し、危機的状態である。民間調査会社東京商工リサーチによると、老人福祉・介護事業の倒産件数は、2022年が143件で過去最高、昨年は122件で2番目であった。倒産以外の休廃業・解散は、昨年は510件で過去最高だった。これまでの倒産や廃業状況はさらに悪化しているので、今年は過去最悪を記録することは確実の勢いである。これに対する危機感は、行政関係者から伝わって来ない。介護事業者の撤退により「保険あってサービスなし」というが地域が出現し始める。
倒産・廃業の最大の原因は、介護職員の人手不足である。労働市場では新型コロナの収束から景気が回復し、求人が増加、賃上げが広がっている。厚労省の調査では介護職員の2022年の平均月収は、29.3万円で全産業の平均と比べて約7万円低い。一方で仕事は厳しいので、他業種への転職が起きるのも止むをえない。国は、今年度の介護報酬を1.59%とプラス改訂をしたが、他の業種の格差の縮小には程遠い。さらに在宅系サービスについては反対に引き下げられたので、人手不足は激化するばかりだ。
人手不足の対策として介護ロボットやICTの活用を国が推奨するが、介護事業はマンパワーが基本であるので、決め手にはならない。外国人に頼るのも一つの道であるが、人数が限られる。
介護職の魅力を高める、給料を上げる、ワークライフバランスを改善し労働環境を改善するという基本が人手確保の王道である。人手不足が解消されなければ、介護保険は、国民の支持を失い、崩壊へ一瀉千里である。
研究部門 済生会総研 上席研究員 原田 奈津子
ソーシャルインクルージョンに関する研究
今回は、ソーシャルインクルージョンに関する研究について報告する。
研究の背景として、ソーシャルインクルージョンの推進がある。
ソーシャルインクルージョンとは、誰一人取り残さず、すべての人が、地域社会に参加し共に生きていくという理念であり、済生会の用語事典にも下記のように提示している。
また、先行研究として、Ciniiにおいてソーシャルインクルージョンで検索すると、188本の論文があり、タイトルに明記されている論文に絞ると141本(検索・閲覧 2024年5月)となっている。済生会関連の実践や報告が大部分を占めており、他は、インクルーシブ教育にかかわる研究、性的マイノリティに関する研究、障がい者向けIT機器開発などの実践・研究が目に付く。
今回のソーシャルインクルージョンの研究の目的では、以下の点に着目している。
① 取り組みの可視化
法律や制度に基づく取り組み、隙間で展開する取り組み、地域の特性やニーズに基づいた取り組みの精査
② 取り組みでの横展開の課題やポイント整理
本部事務局総合戦略課における第3期中期事業計画『SIのまちづくりの横展開+ソーシャルファームの新規「事業化」を支援』にリンクし、先駆的事例における課題やポイント整理の実施(プロジェクトの立ち上げ、ニーズ把握、地域連携等)
③ 評価尺度の開発
ポートフォリオやルーブリックを参考に、効果的なサービス提供の評価尺度の開発
研究によって期待される成果として、取り組みの検証と評価によって今後の効果的な実践に活用できるものと考える。また、研究方法として、先駆的な事例を進めている支部・施設を対象としたインタビュー調査(半構造化面接によるグループインタビューを予定)や支部・施設への悉皆調査を予定している。
研究の進捗として、これまで、生活困窮者支援の対象と社会的ニーズについて、住まい・就労・教育など制度上での支援、制度の隙間での支援などの取り組みに焦点を当てた課題整理を進めた。また、「済生会ソーシャルインクルージョン推進計画」データベースの検討を行った。
誰もが地域の一員として、ともに暮らせるまちづくりとして、ソーシャルインクルージョンの実現が不可欠になってきている。また、済生会は、地域の中ですべての人の“いのち”を分け隔てなく医療で救ってきた歴史が原点であり、さらに、医療と福祉、保健の事業を通して、地域の問題に取り組んできた。すべての人々を対象とした「済生会ソーシャルインクルージョン推進計画」に注視しつつ、地域のニーズや課題解決に向けた取り組みについて、研究を通して、普遍化・理論化していきたい。
参考文献等
済生会ホームページ ソーシャルインクルージョンを考えるWEBメディアシンク!(2024年5月17日検索・閲覧)
https://www.socialinclusion.saiseikai.or.jp/omoi/
―編集後記―
一気に暑さが増した6月の朝、職場のビル前に観光バスが3,4台止まっているのを連日見かけました。どうやら近くの小学校の遠出用のバスらしく、離れた歩道ではニコニコ顔の児童が整列していました。しばらくすると、その列の先頭と最後尾には先生らしき方々が張り付いてバスへ誘導していました。にこやかに声をかけながらも、乗車する児童の動きに目を光らせている先生方の様子に緊張感も垣間見えました。百聞は一見に如かず、貴重な外での学びになるよう祈るばかりです。
(Harada)
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