済生会総研News Vol.80
前回、日本の社会保障制度を崩壊させる動きが、最近続いていると警告を述べた。公的扶助、児童手当、介護保険、医療保険、年金等の社会保障制度は、歴史的に各国の経験に基づき形成された原理・原則を基礎に緻密な構造で作られている。それゆえに1世紀以上の歳月の中で国民の生活を支える役割を果たすことができた。
これは日本国憲法の構造と類似している。日本国憲法の最高法規性、人権尊重、三権分立などは明確な原理・原則のもとに定められている。権力者にとっては足枷になるので、ご都合主義の運用で歪められると、国家と国民の運命を危うくしてしまう。前世紀のナチスの行動が典型例である。
社会保障制度もその場の事情で原理・原則を歪められると、例え小さなことであっても、前例として扱われる。他の利害関係者は、しっかりと見ている。次に必ずその前例をもとにして要求が出され、収拾がつかなくなり、制度全体の崩壊につながることを経験している。
私は、生活保護担当の課長に在職している時は、常にこれを肝に銘じて判断していた。一穴から洪水が発生するのである。現時点では具体的に述べることは避けなければならないが、強い反対論を押しのけて、明確な決断をしてよかったと思うことがいくつかある。
前回述べた年金制度の「106万円の壁」や「130万円の壁」について政府が昨年10月から実施した対策については、大きな疑問がある。日本の年金、医療保険、雇用保険という日本の社会保障制度の根幹を形成する制度を歪め、国民の生活安定に損害を与えることは避けがたい。
「106万円の壁」の対策では、配偶者の扶養から外れ、健康保険や厚生年金の加入によってパート労働者の手取り収入が減らないように、「社会保険適用促進手当」の支給や賃上げをした企業に50万円まで雇用保険から助成が行われることになった。
「130万円の壁」では同じく配偶者の扶養から外れることによる手取り収入減を防ぐため、壁を越えても2年間は配偶者の被扶養者と認める措置が取られた。
社会保険制度は、一定の条件に該当すれば強制的に被保険者とする前提である。2年間、これを対象にしない理由は見つからない。健康保険や厚生年金の被保険者となっている人との公正を損ねてしまう。雇用保険からの助成は、制度の目的に合致しているだろうか。制度の根幹に係わる問題があまりにも多い対策である。
研究部門 済生会総研 上席研究員 原田 奈津子
第76回済生会学会・令和5年度済生会総会での活動報告
1月27日・28日に第76回済生会学会・令和5年度済生会総会が熊本市の熊本城ホールで開催された。学会テーマは、「命を支える杖になる 〜済生のこころとアウトリーチ〜」であり、潮谷義子会長による基調講演「済生会への大いなる期待―歴史に学ぶ、生命に向き合う―」や北里英郎氏(北里柴三郎記念館館長)による特別講演「感染症の歴史と北里柴三郎の戦い」も行われた。
この他、シンポジウムやパネルディスカッション、ランチョンセミナー、一般演題発表(口演・デジタルポスター発表)など多岐にわたるプログラムが実施された。済生会総研からも山口直人研究部門長をはじめ、研究員が参加した。筆者も、口演発表を行ったが、今回は、その概要について、報告する。
【一般演題の報告から】
筆者の報告では、「看取りにおける家族間葛藤の課題解決に向けた職員の取り組み ― 介護老人福祉施設へのインタビュー調査から」と題し、看取りについて、施設としてどのような体制で取り組んでいるのか、施設内・外の連携も含めた取り組みなどについて、明らかにすることを目的としている。今回は、特に、家族間での葛藤が生じた際の職員の対応のあり方に着目した。
介護老人福祉施設7施設の施設長や看取り対応の核となっている職員に対し、半構造化面接によるグループインタビューを行なった。職種は、生活相談員、看護師、介護職など施設ごとに異なる。
結果として、多くの施設で、施設の入所前から看取りを含め入居者の意向を代弁できるキーパーソンを家族の中で決定し、普段からやりとりを積み重ねているということが明らかになった。家族間の葛藤においては、こういった状況が伝わらず、やりとりを行っていない家族や親族が、期せずして、本人やキーパーソンが積み上げてきた意向に反する状況に陥りやすい。そのため、職員から、家族や親族間で十分に話し合いをすることを提案し、看取りに関する情報を提供するなど判断の材料を提供しているという工夫を行っていた。その際、生活相談員、介護職、看護職などそれぞれの専門性に応じた対応を実施していることもわかった。
人としての尊厳を尊重した医療やケアを目指して、家族や関係者などが繰り返し話し合い、本人による意思決定を支援するプロセスを重視したかかわりをすすめていることから、多職種連携も含め、さまざまな角度から検討をしていくことが望まれている。
*なお、研究にあたって、データの収集などでご協力くださいました皆様、また、報告の場を提供くださった学会運営事務局の済生会熊本病院のスタッフの皆様に感謝いたします。
―編集後記―
辰年になり、一般に言われているように、激動の年がはじまったように感じています。
能登半島地震が起き、DMATや災害支援ナース、DWATなどさまざまな場で支援活動を行っている専門職の方々もいらっしゃると思います。
まだ地震が起きてすぐの頃、元自衛官で芸人のやす子さんがX(旧Twitter)で災害時の寒さ対策などを発信していたのが印象的でした。また、一般の方からの「今の災害に私たちができることはなんですか?」という問いに対して、「日常を送れる方はいつも通り日常を楽しむことですかね! あとは募金とかでしょうか…」・「自家用車で支援をしに行くと道路が混み、緊急車両の邪魔で助かる命も助からなくなるので、今皆がいる場所で精一杯日常を生きるのが大切かもですね…!」という回答をされているのを見て、それぞれにできることは何かを考えさせられました。個人的には、普段の暮らしを心がけつつ、水やお茶の買い置きをしておきたいと思います。
(Harada)

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