済生会総研News Vol.77
政府が6月13日に策定した「こども未来戦略方針」について引き続き考察する。
これまで「こども未来戦略方針」の数多く問題点を指摘してきた。この方針は、少子化対策に効果が乏しいだけでなく、日本の経済・社会構造に悪影響を与えかねないからである。
その中で最大の問題点の一つが財源対策である。政府は、令和5年度から3年間で「加速化プラン」を実施する。事業費は年3.5兆円規模と巨額になる。肝心の財源対策は年末までに先送りされた。
「こども未来戦略方針」では、①歳出改革、②既定予算の活用、③支援金が明記されただけで、具体的な内容は現在、検討中なのだろう。それぞれ1兆円程度の想定と報じられる。
①については現実的には極めて狭い道である。主に社会保障費からの捻出となるが、年金や社会福祉サービスで削減する余地は少ないから、ターゲットは医療費、介護費、生活保護費になる。高齢化等によって医療費や介護費の増加は避けられないので、患者負担や保険料の引き上げ、給付の制限が選択肢とならざるを得ない。多くの国民が物価高で日々の生活に苦しんでいる今日、取るべき政策なのだろうか。医療離れがさらに加速し、医療を受けたときは重症化している患者が増える。介護を受けられない高齢者も増加する。
生活保護費は、受給者が増加していくから、財源を生み出す余地はないはずだ。前回、生活保護基準額の引き下げは、平成15年度から17年度にかけて実施されたが、地裁レベルで違憲判決が出されている。現在の物価高の経済状況では、検討の対象にはならないだろう。
②については当たり前のことで、財源対策として掲げるまでもないことだ。
③については、社会保障の根幹に係わることで慎重な検討を要する。「こども未来戦略方針」では「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」と述べる。報道によると医療保険料と合わせて徴収する方針のようだ。詳細は不明だが、広く国民に負担を求める方向だと伝えられる。単純に1兆円を国民1人当たりにすると、年8,000円になる。4人家族だと32,000円と重い。
これは税金でも社会保険料でもないとするが、国民負担であることに変わりない。国民は、社会保険料と一緒に徴収されるので、社会保険料と考える。収納事務も社会保険機関が担うのだろう。そうなると、給付と負担の関係で構成される社会保険制度の本質をなし崩し的に歪める危険性を孕んでいる。
研究部門 済生会本部 事業基盤課(兼)済生会総研 研究員 見浦 継一
MEDI- ARROWS Ⅲrd のサービス提供開始とデータベースの活用について
済生会では、本会病院のDPC及び電子レセプトデータや会計データなどを共有して分析・活用することを目的とした「経営情報システム」を構築しており、その中心基盤としてDPCデータ分析システムである「MEDI-ARROWS」を採用している。昨年10月に当該システムの新バージョンである「MEDI-ARROWS Ⅲrd」がリリースされたことに伴い、本会においても、本年度末にシステムの切り替えが行われることとなった。現在は、システム移行前の試行期間として、現行製品「MEDI-ARROWS」と新製品「MEDI-ARROWS Ⅲrd」を並行稼働させている。
(図1) 新旧MEDI-ARROWSトップ画面

※上段: MEDI-ARROWS(現行製品)トップ画面
下段: MEDI-ARROWS Ⅲrd(新製品)トップ画面
※「MEDI-ARROWS Ⅲrd」では、トップ画面に主要経営指標がツリー状に表示される
など、ユーザーインターフェイスが大きく改善されている。
これまで、いくつかの病院担当者に「MEDI-ARROWS」の使用感について意見を聞く機会があった。その際に、使いづらい点としてしばしば以下の内容が挙げられた。
①セキュリティ対策として認証装置(トークン)による認証が必要であり、管理者および操作可能な端末が限定される。
②DPCデータをアップロードしたのち、月2回行われるメンテナンスを経て「MEDI-ARROWS」にデータが反映されることから、データアップロード後すぐにシステムを活用することができない。
これらの点について、新基盤である「MEDI-ARROWS Ⅲrd」では、以下のように機能改善が図られている。
①トークンによる認証ではなく、WEBブラウザもしくはスマートフォンによるワンタイムパスワード認証に変更。あわせて、基本機能を利用できるライセンスを1病院当たり20ライセンス付与。
(自由分析機能はライセンス数に制限あり。)
②DPCデータのアップロードを任意のタイミングで行うことが可能で、アップロード後即座にデータが反映される。
この2点に限らず、「MEDI-ARROWS Ⅲrd」は現行製品に比べて、経営改善シミュレーション機能やマーケット分析機能など様々な機能が追加されている。
DPCデータ分析システムに関しては、「MEDI-ARROWS」だけでなく様々な製品が販売されており、複数のシステムを導入して機能ごとに製品を使い分けている病院や、以前から導入して操作に慣れた別製品を使用する病院も多いが、ぜひ新しくなった「MEDI-ARROWS Ⅲrd」に触れていただきたい。
また、各病院が「経営情報システム」にアップロードしている膨大な量のDPCデータやレセプトデータは、すべてデータベース化して管理されている。
済生会が毎年公表している「医療・福祉の質の確保・向上等に係る指標(以下、「質指標」)」も、大部分をこのデータベースを処理して作成している。済生会総研News Vol.73(2023年6月)では、質指標の公表事業の課題の一つとして、『対象年度分のデータ集積(データベースへのアップロード)が完了した後の作業開始となるため、(中略)、指標対象年度と公表タイミングに1年以上のタイムラグが発生する。』ことに触れた。本年6月に令和3年度分の質指標を公開し、現在は令和4年度分の指標作成の準備中であるが、まだ令和4年度分のデータが全病院分そろっていないことから、作業は未着手である。
なお、本データベースの活用については、質指標の作成だけでなく、病院経営管理や済生会総研での研究など様々な場面を想定している。
これまでも、個別の病院から依頼を受け、人員配置の見直しや経営改善のための資料として、特定の加算の算定数や行為の実施件数の集計を行った事例や、治験の実施可能性の一次スクリーニングとして、特定疾患の症例数や薬剤の処方件数の集計を行った事例がある。
柔軟にデータベースを活用するためには、可能な限りデータ欠損の少ない状態を目指す必要がある。
各病院におかれては、定期的なデータのアップロードにご協力をお願いしたい。
―編集後記―
しばらく前に香川県高松市の石清尾八幡宮を参拝したのですが、この神社の境内のはずれに髪授神祠という小さな祠があり、その祠には全国でも珍しい、薄毛や白髪の防止など頭髪にご利益のある神様が祀られていました。右の写真は、祠の隣に鎮座していた「毛魂之碑」です。(念のため申し上げますが、この祠が目的で参拝したのではありません。たまたま、偶然に出会ったのです。)
神様の名前は「藤原采女亮政之(ふじわらうねめのすけまさゆき)」。彼の父親である藤原晴基は天皇の宝物係をしていたそうなのですが、ある時、宝刀を紛失したことで職を解かれてしまいます。政之は、その宝刀を探す旅に出た父親に同行して京都から下関へたどり着き、そこで捜索費用と生活費を稼ぐため、日本で初めて髪結所を開業したそうです。この経緯から、政之が理美容業の祖であり、下関が床屋発祥の地と言われているそうです。
藤原親子の行動を現代のビジネスマンの感覚に置き換えてみますと、「失った宝刀を探し出す」というミッションを達成するために、当時元寇に備えて武士が集められていた下関に多くの刀が集まる可能性が高いというターゲット戦略を立て、武士と関わる機会を持てる髪結業を営むという戦術を用いたといえます。とてもロジカルで、仕事を進めるうえでこのような思考を見習いたいと思いますが、もっと驚くべきは、一から髪結いを始めた政之が、最終的には幕府お抱えとなるまでその腕を磨き続けたという点です。試してみたら思いのほか向いていた、という幸運もあるのでしょうが、政之の挑戦と努力の背景には、「失った宝刀を探し出す」という目的の裏に、「父親の汚名を濯ぐ」というとても強い意志があったからこそではないでしょうか。成功のためには、適切な戦略・戦術の策定だけでなく、結果が出るまで行動し続ける高いモチベーションの維持も不可欠なのだろうと思います。
高松の髪授神祠のほか、京都に藤原采女亮政之が祀られている「御髪神社」があるそうです。こちらにも縁があれば、ぜひ参拝したいと思います。(念のため申し上げますが、政之の「正しく努力を続ける姿勢」にあやかるためです。折角なので、そのオプションとして、理美容業の祖に少しだけ頭髪の相談をしたいと思います。)
(見浦)

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