済生会総研News Vol.75

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第75回 こども未来戦略方針を読み解く(4)

 政府が6月13日に策定した「こども未来戦略方針」について引き続き考察する。
 この「こども未来戦略方針」では少子化をストップさせることは、到底期待できないのではないか。8月29日、厚労省が発表した今年上期出生数は37万1千人で過去最少だった。今年の出生数は、調査開始以来最小だった昨年の77万人を下回ることは確実である。
 もちろん今回の数字には「こども未来戦略方針」による効果は反映されていないが、少子化の原因は、日本社会の構造的な面にあることを示唆している。「こども未来戦略方針」による政策が実行に移されたとしても、「蟷螂の斧(とうろうのおの)」である。
 さらに施策が実行された場合、副作用としてむしろ少子化を加速させる心配がある。経済、財政、社会保障の各政策に対するマイナスの影響が予測される。
 前回は、「こども未来戦略方針」に社会の側面の分析と対策が欠如していると述べたが、さらに続けたい。
 2000年以前の日本は、中流社会と言われた。突出した富裕層は少数で、貧困層は減少傾向にあった。大半の国民は、中流に属するという意識を持ち、家族を作り中流生活を享受していた。これが日本社会の安定の基盤だった。
 当時の国民の意識調査では「貧困としてイメージすることは?」という問いに対して「アフリカ諸国の飢餓にある人々」との回答が多かった。貧困は、自分たちの問題ではなくなった。
 現在では所得格差が拡大し、たくさんの超富裕層が生まれた一方で、貧困層が増加し、中流層が細ってしまった。子どもを持つ前に結婚が困難な低所得者層は、増大してしまい、少子化を進行させている。
 また所得格差の拡大は、社会の分断・分裂を深めることになった。子育てには地域社会の支援が必要だが、これが欠落してしまったことが少子化の大きな原因の一つになった。
 「こども未来戦略方針」の最大の目玉は、児童手当の拡充であるが、これは所得が安定し、結婚し、子どもを持った家庭に対する支援である。3歳未満の子どもを育てる家庭に対して所得制限がなく1万5千円の支給と手厚く、所得格差を一層拡大する結果になる。
 所得格差の拡大は、さらに社会の分断・分裂を促進させる。これは少子化対策にとって大きなマイナスになる。さらに「こども未来戦略方針」のための財源対策に大きな問題が存在するが、次回に譲りたい。

人材開発部門 済生会総研 研究部門 特別参与 植松 和子

福祉施設における服薬等に関連する支援の検討

 済生会は多くの福祉施設を有しており、入所者の薬物治療も継続的に行われることが多いと考えられます。薬物治療の対象者は高齢者が多数ですが、少数ではありますが小児の入所者も対象となります。高齢者では近年、服用方法、使用方法が複雑な薬、副作用のモニタリングが必須である薬も多く、多剤併用による相互作用の確認などが増加しております。また、小児にも多種多様な疾患があり、薬物治療も投与量の調節、飲ませ方、副作用症状の所見など複雑かつ細かい対応が必要となることが多くあります。医薬品情報の入手においても多様化した情報から適切な内容を選択することが難しい場合もあります。

 このように医療安全、医薬品適正使用の観点からも、服薬等に関連する課題への対応は重要となっております。そこで全国済生会病院薬剤師会は、済生会保健・医療・福祉総合研究所、福祉施設会と連携して以下2つの調査研究を実施しております。
 この調査研究は、福祉施設での薬の使用に関連する課題を調査し、入所者の薬に関する安全性、適切な薬学的ケアについて薬剤師としてどのような支援が可能であるかを明らかにすることを目的としています。

1. 済生会高齢者福祉施設および児童福祉施設における服薬等に関わる調査
 (薬剤部対象)
【方法】各病院の薬剤部長あてに福祉施設との連携についてアンケート実施
【対象】済生会82施設(病院81、福祉施設1)

2. 済生会高齢者福祉施設および児童福祉施設における服薬等に関わる調査
 (福祉施設対象)
【方法】各施設の施設長あてに服薬等に関わる課題についてアンケート実施
【対象】介護老人保健施設、老人福祉施設、児童福祉施設、障害者福祉施設、重症心身障害児施設など

 調査対象の介護老人保健施設、老人福祉施設などでは多数の高齢者が薬物治療の対象となり、児童福祉施設、重症心身障害児施設では様々な疾患を有した小児、乳児院では様々な背景を持つ乳幼児が薬物治療の対象となります。

 高齢者に関しては、厚生労働省から2018年5月に「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論)」1)、2019年6月に「高齢者の医薬品適正使用の指針(各論)」2)が示され、高齢化の進展に伴い、加齢による生理的な変化や複数の併存疾患を治療するための医薬品の多剤服用等によって、安全性の問題が生じやすい状況への対応等についてまとめられています。各論の内容は、第1部 外来・在宅医療・特別養護老人ホーム等の常勤の医師が配置されていない施設、第2部 急性期後の回復期・慢性期の入院医療、第3部 その他の療養環境 (常勤の医師が配置されている介護施設等)から構成されています。特に高齢者に多いポリファーマシーにおける診療や処方の際の参考情報を医療現場等へ提供することを意図して作成されており、地域での連携に活用できるものとなっております。
 ポリファーマシーとは単に薬を減らすことではなく、薬物有害事象の回避、服薬アドヒアランスの改善、過少医療の回避など高齢者の薬物療法の適正化を目指すためのものです。本文の各論編の療養環境別では、患者の病態、生活、環境の移行に伴い関係者にとって留意すべき点が変化することを念頭に、患者の療養環境ごとの留意事項を明らかにすることが記載されています。

図1. 高齢者の医薬品適正使用の指針(総論)

図2. 高齢者の医薬品適正使用の指針(各論)

 一方、小児に目を向けると、日本の少子化は急激に進み、厚生労働省発表の令和4年(2022) 人口動態統計月報年計(概数)の概況によると、令和4年の出生数は 77 万 747 人で80万人を割り込み、前年の 81 万 1622 人より4万 875 人減少しています。出生率(人口千対)は 6.3 で、前年の 6.6 より低下しています)。同様に2023年4月1日現在こどもの数は1435万人で前年比30万人減少し、国内の総人口に対する子どもの割合は、11.5%となっており、諸外国と比べても最低水準となっています4)。このような背景を理解し、子どもを育む女性や、生まれてきた子どもたちを、どのような環境においても守ることが済生会の役割の一つと考えております。

図3. 出生数及び合計特殊出生率の年次推移

表1. 各国におけるこどもの割合

 小児の薬物治療では複雑かつ細かい対応が必要となりますが、小児の薬物治療に関する情報は、国内の最も基本となる医薬品情報である、医薬品添付文書はじめ、多くの一般書籍だけでは、臨床に即した情報入手が困難です。また、スキルの習得、習熟においても困難な状況があります。この分野では特に、新生児科・小児科医師はじめ関連医師、小児看護専門看護師、小児薬物療法認定薬剤師など特化した知識、スキルを持った人材との連携も重要となります。乳幼児、小児が入所している施設は少ないものの、薬物治療の必要な入所者も多く、小児の薬物治療についても可能な支援を考えていく必要があります。
 また、医療的ケア児においては薬物治療、日常のケアにおいても複雑な事例が多いと考えられます。医療的ケア児とは、医学の進歩を背景として、新生児特定集中治療室(NICU)等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児のことです5)。今回の調査で、高齢者同様、小児関連施設においても、薬剤師が可能な支援について検討できればと考えております。

 福祉施設会、薬剤師会双方の調査結果から、今後の福祉施設と薬剤師の連携、薬剤師の可能な支援についてどのように進めることができるか明らかにしたいと考えております。

参考資料

1)高齢者の医薬品適正使用の指針(総論)
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/kourei-tekisei_web.pdf

2)高齢者の医薬品適正使用の指針(各論)
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000568037.pdf

3)令和4年(2022) 人口動態統計月報年計(概数)の概況、厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/dl/gaikyouR4.pdf

4)統計トピックスNo.137, 令和5年5月4日総務省統計局
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi1370.html

5)医療的ケア児 支援法
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/index_00004.html

―編集後記―

 今年の夏も猛暑でした。外のうだるような暑さと電車などの冷気に満ちた空間との差に連日ぐったりでした。9月末になり、少しは秋めくのではと期待しているところです。
 写真は、先日総研にいらした方よりいただいた和菓子です。秋の気配のするお菓子で和みました。私は左下のブドウ柄を頂戴しました。和菓子の甘さと緑茶が絶妙にマッチして、ほっこりできました。
(Harada)

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