済生会総研News Vol.75
前回、前々回に引き続き、政府が6月13日に策定した「こども未来戦略方針」について考察する。
これまで述べてきたように重要な論点は、この方針によって日本の少子化が止まり、出生数が増加に反転するかである。しかし、これは期待できないどころか、この方針によって施策が実行された場合、むしろ少子化を加速させることを述べてきた。今回も前回に引き続き、「こども未来戦略方針」の問題点を述べたい。
まず「こども未来戦略方針」には、社会の側面の分析と対策が欠如しているという欠陥を指摘しなければならない。
出産は、家庭にとって生涯の一大事である。出産を控えて不安が高まっていく。胎児の成長はもとより妊婦自身の健康や仕事、出産費用、毎日の生活などいろいろと心配事が積み重なる。
50年前であれば、この分野の経験を有する親戚の人がおり、何かと援助した。近所の人は、お互い様の精神で買い物などの手助けをした。これが妊婦にとって不安解消に大きな力となった。
しかし、今日では状態が大きく変化した。親族が近くにいない。いても関係が疎遠である。近隣の助け合い機能は消えている。特に都市部に外部から移転してきた人にとって地域での人間関係は乏しい。このような社会環境での出産は、不安となり、こどもを持つことへのためらいとなる。
このため必要となるのは、迂遠と思われるが、「インクルーシブ社会」の建設である。これは今年度から済生会第3期中期事業計画において目標として掲げていることだが、少子化対策にも必要である。インクルーシブ社会の建設とは、障害者、高齢者、病気を抱える人、ひとり親家庭、引きこもりの人など問題を有する人も含め、誰一人取り残さないで地域社会とすることである。この中には妊婦が含まれることは当然である。
こどもが健全に育っていくためにもインクルーシブ社会が不可欠である。現在のこどもは、兄弟の数が少ない。一人っ子であれば、親だけが接触する相手である子も多い。地域では遊び相手が見つからない。
「こども未来戦略方針」では「こども誰でも通園制度」が目玉施策として掲げられたが、この観点では一定の評価はできる。しかし、この制度が保護者の病気や用事がある場合という一時的な利用であるならば、あまり効果はない。
基本的にはこどもも含めダイバーシティを尊重した様々な人たちが、交流ができる地域社会の建設を目指すことである。
人材開発部門 済生会総研 担当顧問 船崎 俊一
済生会における医師教育研修の取り組み ー 総研に期待される役割とは
済生会病院の医師、職員にとって臨床研修医(以下、研修医)は院内に様々な化学反応を引き起こす触媒のような存在です。未来の病院のエンジンとなる人材も、研修医から第一歩を始めます。
平成16(2004)年度に医師の臨床研修制度は大きな変革を遂げ、済生会を含む臨床病院で臨床研修を行う研修医が大幅に増加しました。この激変に対応すべく済生会では院長会が主体となり平成17(2005)年に臨床研修指定病院協議会を設置しました。その後、平成22(2010)年に医師教育研修協議会と名称を変更したのち、平成26(2014)年度からは済生会本部事業がとなり済生会医師臨床研修専門小委員会として活動が続いています。この小委員会では2つの大きな研修会が企画されています。一つは厚労省が定める開催指針に則り開催される医師の臨床研修に係る指導医講習会、即ち「臨床研修指導医養成ワークショップ」です。済生会では「全国済生会指導医のためのワークショップ(通称SWS)」として開催しています。もう一つが全国各地の済生会病院にて臨床研修を受けている1年目の研修医全員を集め開催される研修医交流事業である「初期臨床研修医合同セミナー(今後、臨床研修医合同セミナー;以下、合同セミナー)」です。
SWSは平成18(2006)年2月に第1回目が川口総合病院で開催され、令和5(2023)年7月の水戸済生会総合病院主催で49回を数え、今までに1412名の指導医養成に貢献してきました。本年11月には富田林病院主催で50回の節目を迎えます。参加するのは原則として医師として7年を経過した方で、SWSの受講修了にて制度上の名称が上級医から臨床研修指導医(以下、指導医)となります。因みに、平成26年に設立された日本専門医機構による専門医制度改革により従来の各学会主体毎に存在していた後期研修医という名称はなくなり、各領域専門医を目指す医師は専門医機構が管理する専門医制度下の専攻医となりました。後期研修という名称がなくなったことに付随して、初期臨床研修という名称は臨床研修に変わり、初期臨床研修医は臨床研修医へと名称が変わりました。臨床研修修了により2回目の医籍登録を済ませた医師は「独り立ち」し、専攻医として各々が目指す専門医への道を新たに歩むことになります。
研修医合同セミナーは平成20(2008)年から臨床研修医を対象として始まった研修会です。済生会学会の前日、全国各地の済生会病院で臨床研修を開始し間もなく1年が過ぎようとする研修医全員を集め、研修医同士の交流を図ると共に研修医に役立つ医療情報を提供し、かつより深く済生会を知ってもらう機会としています。この合同セミナーでは将来希望する診療科別にグループ分けをして主催側が企画したテーマでグループ討議を行います。円滑な討議となる支援者として各病院で臨床研修管理責任者をされている医師1名がグループのファシリテーター役を担い、各自の発言を促し、グループとしてのプロダクト作成に関わっています。研修医は目の前の先輩医師、指導医たちを目標としたり反面教師として成長してゆきます。その一方、研修医の彼らも臨床実習で病院に来る医学生からみれば同じように目標であり反面教師となっています。
研修医合同セミナーでは企画する我々の側が知りたいと思う研修医の本音・思いを抽出するために設問を用意しこれに研修医が回答という形で進められています。毎回研修会の終了時点で関係者内である程度は共有されていましたが、残念ながらこれらデータを集積し解析、活用することは出来ていませんでした。できなかった理由は、研修医合同セミナーを企画し運営する中心スタッフが全国の済生会病院で日々臨床現場でリーダーとして活躍する多忙な数名の医師のみであったことがあります。セミナーを企画し開催するまでは熱心に議論することができても、終了とともに各自臨床医として各病院の日常業務に戻らざるを得ず、セミナーで得られた貴重なデータはやがて休眠状態となっていました。研修医合同セミナーが「一日限りのお祭り」となっていたと自らの反省を込めて思っています。
研修医からの貴重な意見、思いを済生会として生かすにはどのようにすれば良いのか。悩みながらも答えが思い浮かばない期間が過ぎ去る中で、済生会保健・医療・福祉総合研究所(済生会総研)を活用できないかと考えました。塩出純二小委員会委員長(岡山総合病院長)にご相談したところ、令和4年末は、創設され5年を迎えようとしていた済生会済生会総研が当初から機能していた研究部門に加え、人材開発部門をより活用する方向に動いることを知りました。
そこで総研なら指導医講習会SWSや合同セミナーから得られるデータの解析、保管などを2つの部門が継続的共同作業をすることが出来て、抽出したデータを活かすことが出来るのではないかと考えていました。令和5年2月12日に横浜東部病院主催(三角院長)で開催された第75回済生会学会の前日に開催された研修医合同セミナーでのグループワーク(GW)のプロダクトを研修会終了後に集計し、研修医の臨床研修や自らの未来の姿に関わる思いを抽出し、済生会における臨床研修、延いては臨床実習のあり方を考える資料にするための検討を行いました。
【実施方法】
セッション1として、「済生会での臨床実習指導と臨床研修の未来」と題する前振りとなる講演を全員が聴講したのち、参加した研修医263人を将来の志望科ごとに33グループに分け、セッション2として2つのテーマで各グループ討議を行ないました。テーマの1つ目はGW1「理想の医師像」、2つ目はGW2「臨床実習を受け入れている病院でよりよい研修を行うためには」でした。各グループには各病院から参加している臨床研修管理責任者(計35人)をファシリテーターとして最低1名配置しました。グループワークの成果物(プロダクト)は模造紙に様々な形で貼り付けられた付箋上の記述と模造紙に記載された文字、文章としました。セミナー終了後、研修医から抽出されたプロダクトは、その後の分析のための素データとして撮影保存されました。素データは単語や短い文章で記載されていたため、記載内容の意味やニュアンスの読解に支障が生ずるリスクを低減する必要がありました。このため合同セミナーにおいて各グループを担当したファシリテーターに担当して頂いたグループの記述内容の文字化を依頼し、必要があれば補足コメントを頂き、最終的に記述データとして集計しました。尚、個人情報への配慮から、記載する付箋には記載者の名前などは記述しませんでした。
分析方法や結果の詳細は本稿では省きますが、以下に概要を述べさせて頂きます。全国済生会病院として開催する研修医合同セミナーの主催側の意図は、研修医同士の交流を図ると共に役立つ医療情報を提供し、かつ済生会を知る機会とすることです。なぜ、そのようなことを済生会が企画しているのか。これを知るためには現在の医師養成の仕組みを知っておく必要があります。これについては、本文最後に参考として記述いたしましたのでご興味のある方はご拝読ください。
まず2つのグループワークの結果について考えてみます。
GW1:理想の医師像
理想の医師の姿は「仕事」、「人間」、「生活」の3つのカテゴリーに分類することができました(表1)。このうち、「仕事」に関することを理想とする項目が288個(73.1%)で最も多く、「人間」が60個(15.2%)、「生活」が46個(11.7%)でした。最も多かったカテゴリー「仕事」を更に細分化した結果、「能力」81個(28.1%)、「患者」60個(20.1%)、「指導」37個(12.8%)、「研鑽」36個(12.5%)の順となっていました(表2)。「人間」では、「態度」30個と「人柄」22個で87.0%を占め、「生活」では「ワークライフ」26個、「私生活」10個で78.3%割を占めていました。得られた結果を占めるパーセントに従って改めて見てみると、「仕事」では、「仕事、特に患者を対象とした業務を遂行に優れ、後輩指導や自己研鑽を怠らない医師」と読み取ることができます。「人間」では「人に対する態度と人柄がよい医師」、「生活」では「仕事と生活・家庭のバランスがとれた生活をする医師」と言えるでしょう。つまり、研修医が考える理想の医師とは「腕が良く、人柄が良い、公私のバランスがとれた医師」とまとめることができると思います。
これを、我が国のリーダーシップ論の第一人者である三隅二不二氏が展開されたPM理論(文献1, 2)を用いてこれらを読み解いてみたいと思います。複雑なリーターシップを2軸に落とし込み説明したのがPM理論で、Pはperformance;課題(仕事)の達成、仕事の能力を表し、Mはmaintenance;集団の維持、メンバーへの配慮(思いやり)と管理を表します。大きなPは課題達成能力に優れ、小さなpはが発揮されていない姿を表します。大きなMはチームメンバーへの配慮と管理に優れ、小さなpはこれが乏しいことを意味します。「腕が良く、人柄が良い、公私のバランスがとれた医師」はPM理論でいうところの、「PM:大きなPと大きなM」が備わっている医師と結論することができます。研修医に限らず、多くの医師の理想の姿を現していると考えます。
GW2:臨床実習を受け入れている病院でよりよい研修を行うためには
I) 抽出された研修医の意見では、制度面や自院での運用についての弾力的運用を期待する意見が48.8%で最も多く、次いで実例経験を多く積ませてもらうことが16.4%でした。研修環境の整備よりも各病院内での運用上の改善を望み、より多くの臨床経験を積みたいという成長意欲を表す結果と推察します。既に現行の臨床研修開始から研修環境そのものは既に充足している病院が多数となり、研修内容への希望が多数を占めるに至っているのかもしれません。これらに次いで多いのが“心理的負担の軽減”(10.4%)でした。これは労働環境改善(経済的支援)”、”研修環境改善(設備等)”を足した割合(10.1%)よりも多く、研修医が人間関係への配慮を求めていることを示すものと考えられます。
文頭にも書きましたように、済生会病院にとって、研修医は病院医師や職員にとっての触媒、そして未来の病院のエンジンとも言うべき人財です。より望ましい人財確保は組織としての最重要課題と考えています。医師以外の多くの職種では入職後の他病院への移動はなく、多くが一つの病院でキャリアを終えています。しかし、医師の場合は逆に多くの医師は複数の病院を経験して医師としてのキャリアを積んでいます。私たちは、海亀が産卵のために自分が生まれた場所に戻るように、研修医が彼・彼女らが過ごし育った済生会を選んで、成長した医師として回帰する循環を願っています。このために、済生会を各地域の済生会病院を教育・研修、人間成長の場として創り上げることが課題と考えています。それでは良い研修の場とはどのようなものなのでしょうか。研修の「場」とは「病院とそこの人間」を意味します。「人間」同士が集まり造る組織ではその「場」ごとの考え方、「風土」「文化」が醸成されます。済生会としての「場・風土・文化」は新しい仲間たちのその後の行動を決める要素となります。「場・風土・文化」は過去と今の組織人が創り出したものと言えます。
済生会はその設立理念を守り、済生会人としての矜持を持ち続けてきました。そしてこれからも済生会は日本の保健・医療・福祉を支える社会福祉法人であり続ける社会的責務を背負っています。この責務を粛々脈々と果たしてゆくのは今いる組織の仲間たちです。済生会の設立の理念は不変ですが、その実践のあり方は時代ごと、各病院ごとに様々でしょう。予測困難なことが多い今であり未来です。次の時代を作り出すのは済生会を愛してくれる目の前の、あるいは未だ見ぬこれから入職する新人たちです。これからの難局に適切に対応できる済生会人を育成する土壌となるのは、「教育と人材育成の済生会」という風土であると確信しています。済生会の理念、使命に共感し、その存在に誇りを持ち、所属する各済生会病院のより良い経営に寄与する人材の育成は、済生会の土台であり様々な困難から病院を守る石垣と言えるでしょう。
済生会総研は、済生会を支える医師、医療者と事務系フタッフが直面する実務的課題、医療問題、そして人としての多様な悩みを組織における改善、解決すべき課題と考えています。より良い経営のためには、済生会に誇りを持ち病院を大切にする人材が必須です。総研人材開発部門が情報収集の窓口となり、得られたデータを研究部門が解析し、2つの部門が協同して情報発信と改善に向けての活動を行いたいと考えています。済生会総研は済生会の職員の皆さまと地域済生会病院の頼れるパートナーとして活動を続けます。
今後、SWSの終了時に受講者である先生方から頂くアンケート結果についても過去の資料を確認する一方、今後開催されるSWSのデータを集積、解析したいと考えています。進捗は改めてご報告させて頂きたいと思います。
【文献】
三隅二不二 『リーダーシップ行動の科学』(有斐閤1978年)
金井壽宏 『リーダーシップ入門』(日本経済新聞社2005年)
参考
現在の医師養成の仕組み:
我が国において医学生が医師になるためには臨床実習を経て、医師国家試験に合格する必要があります。国家試験に合格した医師は医籍に登録されますが、臨床に関わる医師、踏み込んで言えば保険診療を行う医師として独り立ちするためには臨床研修を修了し2回目の移籍登録をすることが必要となっています。具体的には、医学系大学間共用試験実施評価機構が文科省から委託され実施評価する臨床実習前客観的臨床能力試験(OSCE)に合格し、医学部4年生からの臨床実習を開始し、その後医学部6年生の時に医学部修了のレベルを評価する証とも言える臨床実習後OSCEに合格することが求められます。令和5年7月現在、臨床実習前OSCEは公的化され、この合格が医師国家試験受験のための要件となっています。今後臨床実習後OSCEも同様に公的化されることが付帯事項となっています。臨床研修制度における研修医は2年間以上(大半は2年間)の臨床研修が義務付けられ、研修医の6割強が済生会を含む研修病院において勤務しつつ臨床研修を行なっています。平成16年より以前の研修制度下では、9割近くの研修医は研修という名のもとに大学病院と医局制度を支える労働力として薄給(筆者の場合、地方国立大学で月2〜3万円で毎月変動)と弱い身分保証の非常勤医師として働いていました。当然、アルバイトをしなくては生活ができず、医学生が医師になったその日から研修医としてアルバイト生活が始まっていました。超過勤務は多くの医師の間では常識で研修医が先輩医師より早く帰ることは許さない空気の中で我が国の医療と研修、教育は支え続けれていました。しかし、平成16年(2004)今の臨床研修制度が始まるやいなや、この医療構造は崩壊と言える程の激変を経験しました。多くの医学部卒業生が大学での研修を避け、研修病院での研修を求める事態が発生したのです。今では臨床研修はマッチングという仕組みで最終的に6:4の割合で研修病院と大学病院で行われていますが、調整をしなければ8割の医学生が大学以外の研修病院を当初希望している状態です。
この流れは、済生会病院にとってはどうだったのでしょうか。都市部の病院には幸運となったところが多いと思われますが、地方で地域医療を支える病院にとっては医局からの医師派遣が困難となる制度であったため困窮する病院が出たことも事実と思います。医師、特に卒業したての研修医に研修病院先の選択の自由を与える制度です。多くの若い研修医が大都市の病院を目指す結果となったことは必然の流れだったと思います。その後、5年毎に制度のあり方は再検討され今に至っています。
―編集後記―
済生会総研のホームページの更新を行いました。見た目は大きく変わっていませんが、最上段のメニュー部分を整理して、「研究所報」と「臨床評価指標」の項目を追加しています。今後も様々な部分を更新していきますので、ぜひ一度ホームページをご覧ください。
【済生会総研ホームページ】
https://soken.saiseikai.or.jp/
(見浦)

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