済生会総研News Vol.66
11月16日付朝日新聞に掲載された日本の新型コロナ研究は、低調であるという報道は、「やっぱりそうか」と思う一方、寂しい気持ちになる。
この報道によると、新型コロナ関連の日本からの研究論文数は、2020年は、1,379本で16位、21年は3,551本で14位、5月時点までの22年は1,600本で12位である。1位は、3年連続でアメリカ、2位と3位は、中国とイギリスが入れ替わりながら順位を維持している。
論文の量ではなく質で見ても、「ネイチャー」や「ランセント」といった医学に関する著名な5誌に掲載された論文だけに絞ると、日本は、20年が18位、21年が30位と低いという。
このような結果の原因は、研究費、研究者数や処遇、研究設備など研究推進体制が不十分なことである。科学技術大国を目指すと歴代の政権が掲げてきたが、実用に結び付く研究に重点が置かれ、地味な基礎研究を軽視してきたツケが現れているのだろう。
私は、旧厚生省在職時の38年前に国立感染症研究所の前身である国立予防衛生研究所(以下「予研」という)の全面的な改革の検討の作業の主査的な任務を担ったことがある。予研内で不正検定事件が発生し、社会から厳しい批判を浴びたが、当時事務次官で後日済生会理事長を務めた山下真臣氏が、この際予研の移転も含めた抜本的な改革をしようと提起されたことがきっかけだった。
予研の業務状況を詳細に調査していくと、予研の研究体制は、人員や予算も貧弱を極めていた。予研が都心から筑波学園都市への移転を拒否したため、財政当局から
予研は、その後移転新築し、見違えるほど立派な建物になり、組織も名称も全面的に改め、新体制で再出発したはずであるが、予研をめぐる社会事情は、変化しなかったため、研究体制が十分に整わないまま、新型コロナと闘わざるを得なかったのではないだろうか。
ところで済生会総研は、国際的に評価される研究を発信していかねばならない。予算や人員は十分でないが、全国の病院や福祉施設は、300を超え、医療と福祉サービスを提供する民間非営利組織では世界最大である。この現場から得られるデータと知見は、他の組織では得られない貴重な研究資源である。個人情報保全など研究倫理面に最大限注意しつつ、職員6万4千人の総力を結集すれば、海外発信に値する数多くの研究を発信することができると思う。
研究部門 済生会総研 上席研究員 原田 奈津子
シンポジウムレポート
11月16日(水)に行われた済生会主催の「インクルーシブ社会を目指して~ソーシャルインクルージョンとSDGsのまちづくり~」について報告する。
(概要)
小池百合子東京都知事による記念講演では、「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」に基づき実施されているソーシャルファームの認証事業について説明があった。障がい者やひきこもり経験者など、就労に困難を抱える方を全従業員の20%以上雇用する社会的企業を認証して支援する制度であり、持続可能で自律的な経済活動であることを重視しているということであった。
炭谷茂理事長の基調報告では、日本や世界におけるソーシャルインクルージョンの推進状況を鑑み、貧困や就労や住まいなど地域の課題解決においても、ソーシャルインクルージョンの視点が不可欠であるという話があった。地域の社会資源をいかしたまちづくりを目指す済生会の取り組みに関する事例も示された。
パネルディスカッションでは、まず、社会福祉法人パステル石橋須見江理事長による桑を用いたプロジェクトについての報告があった。企業や自治会なども含めたまちの社会資源との協働など先駆的なソーシャルファームのあり方を示すものであった。次に、日本労働者協同組合連合会の田嶋康利専務理事による報告では、働く人や市民が出資して地域のニーズに合った事業経営を行う協同労働についての説明があった。日本各地の事業として、清掃事業やコミュニティカフェや高齢者向けの見守り弁当宅配などの事例も紹介された。また、北海道済生会の櫛引久丸常務理事からは、地域のニーズに沿って行われている複数の事業のうち、今回は発達障害等支援事業に関する報告があった。児童から成人まで発達障害のある方への取り組みを展開しており、専門性の高いサービスに申し込みも殺到しているということであった。最後に、東京都済生会中央病院の佐藤弘恵広報室室長からは、港区のはちみつを用いた地域でのプロジェクトの報告があり、活動によるまちづくりへ参画することの意義が語られた。それぞれの取り組みについて、コーディネーターの松原理事によるコメントがなされた。地域のニーズにあった事業やまちづくりを意識した取り組みなどソーシャルインクルージョンの理念を反映したものであることが示唆された。
(所感)
地域における顕在的ニーズだけでなく、潜在的ニーズについても把握し、社会資源をいかした取り組みと地域の活性化が今後ますます重要になる。その視点において、ソーシャルインクルージョンは不可欠な要素であると感じた。
―編集後記―
私は今、BCPなど災害対応に関する研究と看取りに関する研究に主に取り組んでいます。特に看取りに関して先行研究をレビューする中、さまざまな疑問が浮かんでいるところです。そこで、10月末に岡山へ3年ぶりに訪問し、研究の基盤となる施設での取り組みについて学んできました。写真は、その合間での一幕です。紅葉の季節は、何かをじっくり取り組むのに適している気がします。
(Harada)

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