済生会総研News Vol.64

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第63回 経済の激動と社会保障

 スーパーマーケットで買い物をすると、ほとんどの商品が値上がりしていると気づく。1年前は、企業が価格を上げると、消費者離れが起こると心配して企業努力で価格を据え置く、量目を減らすなどで対応していたが、最近は限界に達し、価格の引き上げを選択せざるを得なくなった。
 スーパーマーケットで扱う商品は、食料品を始め生活必需品であるので、消費者は購入せざるを得ないが、より安い商品を選び、購入数を減らして自衛している。かつて黒田日銀総裁が「家計は、物価の上昇を受け入れている」と発言して物議を醸したが、黒田総裁が国民の生活実態を全く分かっていなかった。
 最近の調査でも金融資産収入がある高所得者はともかく、国民の大半は、給料が物価上昇ほど増加しないので、実質所得は減少し、購買力は減少していることが分かる。さらに電気代や水道代の大幅な値上げが家計を直撃する。家計が自衛を始めている。国民の消費支出の低迷は、日本経済の回復にブレーキをかける。
 物価の上昇は、社会保障分野でも大きな影響が出ている。病院では光熱水費が近年経験をしたことがない上昇率である。他の産業分野と異なり、商品価格に転嫁することができない。診療報酬は、2年に1回の改定であるので、物価上昇に即時に対応できず、病院経営の悪化に直結する。福祉施設も同様である。経営者からすでに悲鳴が出ている。国の適切かつ迅速な対応が強く望まれる。対策が講じられないと、すでに新型コロナでダメージを受けている病院や福祉施設も多いので、廃業や倒産に追い込まれるところが続出する。
 しかし、社会保障関係の行政や研究者の反応は鈍い。経済問題は自分たちの領域でないと考えていると思いたくなる。しかし、物価上昇は、前述のように社会保障に多大な影響を与えている。さらに低所得者の生活を揺さぶっている。生活保護費の引き上げや特別対策の実施などが必要になっている。
 ひとり親家庭では食事の回数を減らしていると報道されている。子ども食堂やフードバンクの利用者が増加している。これは民が自発的に行っているが、低所得者の生活安定に大きな役割を担っているので、行政も、食料提供の斡旋、広報などで支援すべきだろう。
 日本ではインフレの怖さを経験している人が少なくなった。世界経済史では、インフレが制御できず国民生活を根底から崩壊させてしまった実例は、数えきれない。生活不安だけでなく、社会がすさんでくる。社会保障研究においてもインフレ経済における問題点と対応策を研究すべき時期になっている。

研究部門 済生会総研 客員研究員/ 産業医科大学 産業保健データサイエンスセンター助教 藤本 賢治

新型コロナウィルスにおける死亡を伴う患者への影響

I. はじめに
 新型コロナウィルス(以下、COVID-19とする)による、病床のひっ迫を回避するため、症状が無いもしくは軽い患者は自宅での療養とし、救急を要さない入院および手術については、状況に応じ延期が検討された。しかし、医療機関の実態については詳細な情報は公表されていない。
 受診する患者も、通院による感染への不安を感じており、患者自ら受診を控える傾向にあるため、重症化防止から適切な医療提供体制の確保が必要とされた。また、仕事や家事と比較して診療の優先度が低いこと、体調が悪い等の自覚症状が無いなど診療の必要性を感じないこと、また経済上の理由、などがあげられた。
 今回は、COVID-19による医療機関の受診の影響を調査するため、COVID-19発生前後での死亡者数の影響について検討した。

研究方法
1.方法
1) データ
 医療機関への受診情報は、各医療機関が作成している医療レセプトデータを使用し、調査期間は、2018年4月から2022年3月の4年間とした。
2)分析対象の条件
 対象の医療機関は、調査期間の全ての月のレセプトが存在するものとした。患者の病名は、レセプトに記載されている主病名に定義されているものとした。主病名の標準病名よりICDコーディングが可能なものとし、ICDコーディングされていない患者は対象外とした。
3)分析手法
 評価の単位を四半期毎とした。COVID-19発生直前の2019年10月から2019年12月である2019年第3四半期(以降、基準期間とする)を起点とし、時系列に比較を行った。医療機関は、北海道・東北、関東、北信越、東海、近畿、中国・四国、九州の7圏域に分割した。
 死亡者数は、四半期内で死亡した人数とした。
 ICDは章で定義されているもので、第Ⅰ章感染症および寄生虫症、第Ⅱ章新生物、第Ⅲ章血液および造血器の疾患ならびに免疫機構の障害、第Ⅳ章内分泌,栄養および代謝疾患、第Ⅴ章精神および行動の障害、第Ⅵ章神経系の疾患、第Ⅶ章眼および付属器の疾患、第Ⅷ章耳および乳様突起の疾患、第Ⅸ章循環器系の疾患、第Ⅹ章呼吸器系の疾患、第Ⅺ章消化器系の疾患、第Ⅻ章皮膚および皮下組織の疾患、第ⅩⅢ章筋骨格系および結合組織の疾患、第ⅩⅣ章腎尿路生殖器系の疾患、第ⅩⅤ章妊娠,分娩および産じょく<褥>、第ⅩⅥ章周産期に発生した病態、第ⅩⅦ章先天奇形,変形および染色体異常、第ⅩⅧ章症状,徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないもの、第ⅩⅨ章損傷,中毒およびその他の外因の影響、第ⅩⅩⅠ章健康状態に影響をおよぼす要因および保健サービスの利用、第ⅩⅩⅡ章特殊目的用コード、の21分類とした。第ⅩⅩ章傷病および死亡の外因は対象者が5人と少なかったため対象外とした。また集計結果が年間100人未満のデータも対象外とした。
 COVID-19の症例は、ICD10コードのU071およびU072または、病名に”covid”もしくは”新型コロナ”が含まれるものとした。

II. 研究結果
1.グループ全体
 死亡者数では、2021年は19,030人だった。性年齢階級では、一番少ないのは女性の生産年齢で、一番多かったのは男性の後期高齢者であった(表1)。地域では、一番少ないのは北海道・東北地域であり、一番多かったのは関東地域であった(表2)。

年度別性年齢階級別患者数

年度別地域別患者数

2.COVID-19発生前後の受診状況(死亡)
 特に多いのは後期高齢者で70%以上であり、前期高齢者が20%弱、残りが生産年齢だった(図15,16)。死亡する傾向として、1年間では第1四半期と第2四半期は少なく、第4四半期が一番多かった。
 地域別では、年齢階級別と同様の傾向ではあったのは、北海道・東北、関東、近畿、東海、中国・四国、九州で、北信越は第4四半期以外はほぼ同じであった(図17,18)。関東は増加傾向であった。疾病別では、一番多かったのは第Ⅱ章新生物で、各期の平均は26.7%で季節性はなくCOVID-19発生後に減少傾向であった(図19,20)。次の多かったのは第Ⅸ章循環器系の疾患24%、第Ⅹ章呼吸器系の疾患は17%であった。両疾患は季節性があり、第4四半期が多い傾向があった。

年齢別死亡者数時系列比較(患者数)

年齢別死亡者数時系列比較(基準期間比)

地域別死亡者数時系列比較(患者数)

地域別死亡者数時系列比較(基準期間比)

疾病別死亡者数時系列比較(患者数)

疾病別死亡者数時系列比較(患者数) (基準期間

III. 考察
 COVID-19発生により、医療機関を受診する患者数は、大幅に減少しその後回復の兆しはあるが、まだ完全に回復していない。COVOD-19前と比較し、患者が減少しており現状でも回復していない。
死亡者数は、COVID-19前後での変動はないことを考慮すると、重症患者の受け入れがCOVID-19に関係なく適切に行われている、とも言える。また、死亡者は第4四半期に多く、循環器系の疾患が同様の傾向があり、季節により状態が悪化することが示唆された。
悪性腫瘍はCOVID-19後減少傾向にあったが、COVID-19によるがん検診の受診控えによる影響が一つの要因と考えられた。

IV. 結語
 今回、COVID-19による医療機関の受診の影響を調査するため、COVID-19発生前後での死亡者数の影響について検討した。
 受診者数はCOVID-19の受診者と比較すると大幅に減少している診療領域があったが、死亡の患者数は減少してなかった。これは、済生会では患者の受け入れが適切に行われ、必要な医療サービスは維持されており、COVID-19の感染者以外に関しても診療の適正化が図れたとも言えた。医療の質が担保されているとするなら、現状が本来の医療機能が適正化された形なのであり、国民が衛生管理を維持継続することで、現在の医療資源量が本来必要となる平時での医療機能ともいえる。今回のような有事に必要な医療資源を、各地域でどのように医療機関の役割分担や体制を確保するかは課題であり、地域医療構想など事前に検討する必要がある。

人材開発部門

次世代指導者研修2年半ぶりの開催 事業推進課

 2022年度済生会全国次世代指導者研修が9月2日・3日に本部主催で開催され、本会20病院から21人が参加した。
 本研修は新型コロナウィルス影響により2020年1月以来、約2年半ぶりの開催となった。
 研修は、先行き不透明な環境下に組織の進む方向性を指し示す事ができるリーダーの育成目標とし、多様性の意義・活用、DISCアセスメントを活用したタイプごとのリーダーシップ、コーチング、ピープル・リーダーとしてチームを導くため必要なスキル、知識等について主にグループワーク形式で行われた。
 また、済生会病院におけるリーダーシップの実践例として、「環境変化に対応し、組織改革を推進するリーダーシップ」をテーマとする特別講演が、全国済生会病院長会の園田孝志会長(唐津病院院長)・同人材開発部会の登谷大修部会長(福井県済生会病院院長)の共同により行われた。
 特別講演後には、済生会の現状、リーダーとしての心構え、組織改革の実践等について多くの質問があった。
 参加者からは、「様々なタイプの人がいることを知り、タイプごとの付き合い方を学ぶことができた」「実践例等を参考に組織改革に挑みたい」といった声が寄せられた。

―編集後記―

 台風が来ると、高校生の頃に同級生から聞いたエピソードを思い出します。台風が過ぎ去った朝、家の庭からキャンキャンと何か音がするので、カーテンを開くと犬小屋ごと犬がいたという、マンガのような出来事があったという話でした。青空と見慣れぬ犬小屋と犬というインパクト強めな光景だったそうです。結局、ご近所からとばされてきたのがわかり、無事に戻ったとのことでした。台風の威力とともに準備の大切さを考えさせられる話です。
(Harada)

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