済生会総研News Vol.54
ある自治体の有識者会議での経験である。知事も出席し、メディアの取材も公開された自治体として大変重視した会議である。審議は、インターネットによって実況中継されていた。だから発言は、自ずと熟考されたものになった。
審議を重ね、まとめの段階に入った。委員である私は、「障害者、引きこもりの人、刑務所出所者などが社会から排除されている現状では、日本でもソーシャルインクルージョンの理念を定着させる施策を急ぐべきである。東京オリンピック・パラリンピックの基本理念もダイバーシティとインクルージョンとしているのだから」と強く訴えた。
すると世界に対して日本を代表する大学の教授は、「ソーシャルインクルージョンはよく理解できない。ダイバーシティとインクルージョンの違いも分からない」と発言されたのには唖然とも憮然ともし、複雑な感情が体内に流れた。
これについては、この会議で1年間、10人くらいの関係者からヒアリングをし、数回に及び議論を交わしてきたではないか。この大学でどのように学生に教えているのか、アカハラ、セクハラ、パラハラなどについて効果的な人権啓発がしっかりと行われているのか大変心配になった。口では人権尊重と言うけれど、本当に理解し、日々どのように具体的に行動しているのだろうか。
最近、私はダイバーシティに注意するようにしている。日本社会は、均一性を重んじてきた。日本の社会学の古典と言える鈴木榮太郎『日本農村社会学原理』(1940年)は、日本の村の精神として共同体的な社会意識が存在し、個人の意識を制御することによって村の統一性の基底をなしてきたことを明らかにした。
このムラ社会意識は、日本のあらゆる組織に浸透していた。都市部の町内会、青年団、婦人会、さらに会社の組織にも存在していた。他人と同じような行動をし、目立つことはせず、他人との横並びを重視してきた。
近年は、これが崩れ、あらゆる側面で多様化するようになった。就労形態は、終身雇用ではなく転業、非正規雇用、副業、フリーランサーなど多様化した。家族形態は一人世帯の増加、シングルマザー、ひとり親家庭などが増加した。LGBTQに関して個人の尊厳が重んじられている。
ダイバーシティの尊重は、ソーシャルインクルージョンの重視につながる。ダイバーシティは、個々の人格を尊重するが、これを現実的に擁護していくためには能動的に地域社会の一員として暮らせる条件づくりが必要である。ダイバーシティが「静」とすれば、ソーシャルインクルージョンは「動」である。両者がそろってこそ個人の人権を高めることができる。
医療や福祉分野ではダイバーシティやソーシャルインクルージョンの研究や実践が途上にある。今後一層の推進が強く求められている。
研究部門 済生会総研 研究員 吉田 護昭
済生会介護データベース構築に向けた意見交換会
1.はじめに
済生会の第二期中期計画において、済生会介護データベースの構築が計画されている。
そこで、済生会保健・医療・福祉総合研究所(以下、済生会総研)では、「済生会介護データベース構築に向けた実証研究(研究主担当:山口直人研究部門長)」(以下、実証研究)を行うこととした。実証研究では、実際に一部の老健施設、特養施設から施設サービスに関するレセプトデータを提出してもらい、データ収集にかかわる技術的、実践的な問題を明らかにし、さらに、その分析等を通じて、令和2年11月に報告書を公表した。
これから、済生会介護データベースの構築と活用の可能性を検討していくためには、介護施設現場の意見や要望を重視した活動がますます重要になると考える。
2.目的
実証研究で明らかとなった事項等を報告し、済生会の老健施設、特養施設の職員を対象に、意見交換を行うことを目的とした。
3.意見交換会の実施内容
(1)主 催 者:
済生会老健施設協議会、済生会福祉施設長会、済生会総研、済生会本部情報管理課と社会福祉・地域包括ケア課の共同主催
(2)開催方法:
Web会議システム(Zoom)を用いたWeb開催
(3)参加対象者:
済生会の老健施設、特養施設の職員を対象。参加者は特に限定しないが、各施設の請求担当者、施設相談員などとする。
(4)開 催 日:
令和3年10月21日(木)14時~16時
済生会特養施設を対象とした意見交換会
令和3年11月12日(金)15時~17時
済生会老健施設を対象とした意見交換会
(5)実施内容:
①実証研究の概要説明
②済生会介護データベースの活用に期待することに関する説明
1)済生会介護施設間の比較への活用
2)介護施設の経営・運営の改善に向けた活用
3)介護施設における介護サービスの質向上への活用
③グループワーク: 1)~3)のテーマに分かれてディスカッション
④グループ発表と討論
4.グループワークに関する主な意見(一部掲載)
4-1.済生会特養施設を対象とした意見交換会<28施設(56名)の参加>
1)済生会介護施設間の比較への活用(8施設:13名)
*各施設が取得している加算の見える化
・今後、自施設が加算を取得していくための検討につながる。
*施設入所している方の医療依存度(例:胃ろう、バルーン、酸素、中心静脈、点滴など)に関するデータの収集
・自施設の傾向や他施設との比較がしやすい。
*データベースの中から現場で働いている介護職員、看護師がやる気を持って、モチベーションが上げられるような内容の検討
2)介護施設の経営・運営の改善に向けた活用(7施設:14名)
*稼働率のアップ
・入院した理由や入院期間のデータ
・受入れ可能になってからの新規の入所者が入所するまでにかかる日数のデータ
*データの見える化
・加算と人件費の関係
・病院ではDPCなどを分析できる職員が多くいる。しかしながら、福祉施設ではデータ分析ができるような職員が少ないので、一目でわかるような結果や情報を提供しほしい。
*情報の共有化
・コロナ禍で入院した後の空床の活用状況の情報の共有化。
・各地域では、いろいろな種別の施設があるため、近年、特養のみが終の棲家ではない状況にある。そのため、特養に新規で入所する利用者が減少している。新規入所者の獲得に向けた取り組みについて他施設との情報の共有化。
・済生会全体で共通の介護システムの活用を検討してほしい。
3)介護施設における介護サービスの質向上への活用(13施設:29名)
現状を踏まえた3年後の地域や施設での課題を主に議論した。
*入所の待機者の減少に伴う利用者の獲得方法
・サービスの質の向上を図り、自施設の強みや良さをアピールする。
・施設独自のサービスを展開していくこと。
*働き手の減少に伴う人材の確保
・職員の教育、ITの活用、地域の大学への声かけ、実習の受け入れによって新規の人材を確保していく。ITの活用に関しては、介護負担を軽減して、働きやすい職場をつくっていく。
*LIFEの取り扱いについて
・LIFEの活用に関して、各職種で協力してデータを入力しているが、業務負担が多いという課題がある。LIFE(厚労省)からのフィードバックはあるが、現在は数値のデータが多く、ケアプランには活かし切れていないというのが現状の課題である。今後その情報をどう活用していくか検討している段階である。
4-2.済生会老健施設を対象とした意見交換会<22施設(49名)の参加>
1)フリーディスカッション(6名)
*LIFEの運用について
・LIFEが始まった当初、入力すること、データ収集の二つが大きな業務であった。
作業自体も大変であったが、今は少しずつ慣れてきた。
・LIFEの科学的介護推進体制加算だけを算定しているが、作業等も慣れてきたので、今後は排せつ支援加算や褥瘡マネジメント加算、リハビリテーションに関する加算も算定してく予定。
2)介護施設の経営・運営の改善に向けた活用(15施設:27名)
*経営に活かすためのデータの活用方法について
・現在、取得している加算や老健の指標を自施設の戦略に活かしている。
・経営が安定している施設に直接問い合わせて聞いている。
・自施設の分析に役立てている。
・実際のデータを基に、今回のようにディスカッションできる場があると良い。
・誰が見ても一目でわかるようなデータ(グラフ等)が欲しい。可能であれば施設規模別でのデータがあるとより良い。
・ターミナルケア加算の算定点数は高いものの、算定することができない実態あり。
*今後、経営に活かすために必要なデータについて
・入退所の経路に関する具体的な項目
・入退所を繰り返している人の実数
*在宅復帰支援について
・地域特性(例えば、中山間地域等)によって社会資源の不足もあるなか、他施設での在宅復帰支援の実践方法を聞きたい
3)介護施設における介護サービスの質向上への活用(7施設:16名)
*LIFEに関して各施設の現状について
・LIFEの入力開始に伴い、どのように現場職員と進めていくことが良いか検討している。
・各施設では主任等役職の方が中心となって、LIFEの入力等を進めている。
・今後は、現場の職員と話し合いをすすめながら、取得できる加算はできるだけ取得していきたい。
5.まとめ
今回の意見交換会では、データの見える化、業務負担の増大の回避、レセプトデータ以外に必要となるデータの項目、人材育成や働きやすい環境づくりなど、幅広い視点から多くの貴重なご意見をいただいた。済生会介護データベースの構築は、始まったばかりの段階である。今回の意見交換会を機に、今後も現場のみなさま方のご意見を反映しながら、研究をすすめていきたい。
6.謝辞
大変お忙しい中、意見交換会にご参加いただきました施設長はじめ、施設職員のみなさまに、感謝申し上げます。
―編集後記―
今回、済生会介護データベース構築に向けた実証研究を通して、特養、老健施設の現場で実践されている職員同士による意見交換が実施できたことについて、私個人としては非常に良かったと思いました。
今回のような意見交換会を機に、今後、現場の職員の方々が自らの施設や地域を超えて、これまで以上に他施設の職員と交流が図れ、情報交換等を行いながら、さらなる済生会同士の横のつながりが築いていくことができればいいなと思いました。
総研がこうしたきっかけ作りの一翼を担うことも必要だと感じました。
(吉田護昭)

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