済生会総研News Vol.17
近年、中央官庁での公文書の改ざんが発覚し、大きな政治問題になっている。政治や行政の根幹を揺るがす行為である。国家公務員の経験からすると、ありえないことだ。
日本社会は、伝統的に記録をしっかりと残し、文書管理が徹底してきた。江戸時代の藩や商家に残された古文書を見ると、日本人の真摯(しんし)さが伝わる。これは貴重な資料として現在でも役立つ。これが今、崩壊しようとしている。
先日、某新聞で10数年前の私が関係した仕事の記事が掲載されていた。関係者の人権やプライバシーに関係するので、内容を詳細に書けないが、概略は次のとおりである。
終戦後、戦地から復員した人が、現地の女性との間にできた子どもを連れて帰国したが、その子どもを探すという仕事が入った。
男性の帰還先は、厚生省(当時)の記録が詳細に残されているので、容易に把握できた。しかし、そこには子どもを帯同して帰郷しなかったことが判明したので、私はどこかの児童養護施設に託した可能性が強いと推測し、調査を始めた。調査開始時は、「50年以上前だから無理かも」と思ったが、ある施設に保存されていた昭和20年代の書類の綴(つづ)りにこの子どもが、入所していた記録を発見したという報告が届けられた。
その後その子どもは、いくつかの施設を転々とし、就職したことまでつかめたが、それ以降、足取りがぷっつりと消えてしまった。
しかし、途中まで把握できたので、日本社会には、記録をしっかりと残すという伝統が残っていることに改めて感銘した。
別のケースを挙げれば、工業用地売買の仕事をしていた時、大手企業A社を相手に土地の抵当権を巡って訴えたことがある。A社は、中小企業協同組合Bと共謀して抵当権順位を操作したのではないかという理由からだが、A社とB組合の共謀を立証することは、大変難しい。
立証材料を集めるために銀行から出向していたN君と一緒に関係個所を動き回った。あるところでA社とB組合が協議する会を持ち、係争対象の土地も議論されたというメモを入手した。この1枚の紙が決め手になって当方の主張に沿った和解を勝ち取った。
政治、行政、裁判などあらゆる場面でしっかりと記録されたファクトが重要である。研究の世界も同じである。
社会学の創設者オーギュスト・コントは、人間の知識は、神学的段階から形而上学的段階を経て実証的段階に至ると述べた。これは、今日でも真実である。済生会総研の研究は、実用的に応用できることを狙いとしているので、ファクトに基づく実証的研究が重要である。
研究部門 済生会総研 客員研究員 藤本賢治
研究に医療レセプトデータを利用する場合の注意点
昨年度より、客員研究員として「医療の質の評価・公表推進事業における臨床評価指標」に携わってきた。主にDPCデータを使用した指標が中心に進めてきているが、今後はDPCデータ以外のレセプトなどを使用した指標を加えていきたいと考えている。
今回は、研究者がレセプトを利用する場合にレセプトの作りを理解する必要があるため、レセプトが患者の受診状況により、どのような作成されるかについてまとめる。
レセプトとは,医療機関や調剤薬局などが保険者に医療費を請求する時に作成する電子化された診療報酬明細書のことを指し、医科,DPC,歯科,調剤の4種類の様式がある。以下の受診の場合、どこで、どのレセプトが何枚作成されるか考えていただきたい。
- ①〇月の5日12日19日26日に自院に外来受診し、全て院外処方で違う調剤薬局だった
- ②〇月25日に他の診療所に外来受診、30日に紹介で自院にDPCで入院、翌月の3日に退院、10日に自院に外来受診、院外処方だった
- ③〇月5日DPCで自院に入院、〇+1月に入院期間Ⅲを超えたが引き続き入院継続し、〇+2月に退院
- ④〇月20日DPCで自院に入院、〇+1月に行った手術により出来高請求になって退院
患者の様々な受診状況により、作成されるレセプトは変わる場合がある。自院のレセプトで分析する場合、例えば、①の患者の外来で行った加算や検査の分析はできるはできるが、処方された医薬品の分析はできない。上記パターンの場合に患者に請求された全ての行為が記載されたレセプトは以下の組み合わせになる。
- ①の場合、自院の医科(入院外)レセプト1枚、他の調剤レセプトは4枚。
- ②の場合、他院の医科(入院外)レセプト1枚、自院のDPCレセプト2枚、医科(入院外)レセプト1枚、他の調剤レセプト1枚
- ③の場合、自院のDPCレセプト2枚、医科(入院)レセプト1枚
- ④の場合、自院の〇+1月の医科(入院)レセプト1枚
患者の全ての行為が必要な場合は、作成されるレセプト全てを入手する必要はあるが、④の場合は、注意が必要である。〇月にDPCレセプトで請求されているが、〇+1月にDPCレセプトは全て取り消され、新たに医科レセプトで再請求されるからである。
次に、レセプトに記載されているデータについてである。たとえば、入院患者に処方された内服薬のレセプトは以下のようになる。
・入院で〇月5日から朝昼夕毎食後3錠3日分処方され、8日に退院時処方で同じ薬剤を3日分処方された場合
- 1行目〇月5日〇〇剤 3錠 1日
- 2行目〇月6日〇〇剤 3錠 1日
- 3行目〇月7日〇〇剤 3錠 1日
- 4行目〇月8日〇〇剤 3錠 3日(退院時処方)
と、入院時は1日単位、退院時処方および外来処方は処方時の日数分1回で記録される場合が多い。ということは、患者が処方されている日を確認する場合、入院時はその日で確認すればよいが、退院時処方および外来処方の場合は、処方日にさかのぼって処方日数を考慮して確認する必要がある。
その他、特定入院料などが請求されている場合は、処方や検査を行っているにもかかわらず、レセプトに記載されない場合がある。この場合は、電子カルテから情報を入手する必要がある。
医療レセプトを利用する場合に考慮すべきことが非常に多いため、研究する際には診療情報管理士など医療情報の専門家を参加させることが重要である。また全国共通のフォーマットであるため、一度仕組みを構築すると、他院から情報収集した際にも同じ仕組みが利用でき、より多くの症例を対象にすることができるメリットもある。
済生会では、全国のDPCデータ及びレセプトデータが収集されている。実臨床に関連した研究をしたいと考えている医師や看護師は、ぜひこのデータベースの利用を検討してほしい。
人材開発部門
看護補助者の活用と支援についての看護管理者研修
平成30年度看護補助者の活用と支援についての看護管理者研修を9月25日に65人の参加を得て本部で開催しました。本研修は、急性期看護補助体制加算及び看護補助者加算に対応しています。
講師は東神奈川リハビリテーション病院看護部長・藤原佐和子氏で、超高齢化、人口減少の時代の看護職や介護職には、勤務形態の多様性が求められると解説されました。看護補助者の歴史と役割などを踏まえ、看護管理者はどのような看護を提供したいのか、看護補助者に自身のビジョンを明確に伝え、看護補助者もチームの一員であると自覚してもらうように教育していくことが重要と話されました。
また、「魅力ある職場を目指して-明日からすぐに取り組めること-」をテーマにグループワークを行いました。受講者からは「積極的に声を掛けてコミュニケーションを図る」「モチベーションをあげるために看護補助者を名前で呼び、その都度、感謝の気持ちを伝えていく」「自分たちから積極的に情報共有していく」などの意見がありました。
藤原氏は「仕事に対するモチベーションはどの職種も違いはなく、自分が必要とされ、チームの一員であるという自覚を持てれば向上する。そのためには看護管理者は相手を承認し、求めることを明確に伝え、そして働きやすい環境を整えることが重要な役割」と総括されました。
認知症支援ナース育成研修
平成30年度認知症支援ナース育成研修を本部で開催し、第1回(9月6日~7日)と第2回(10月9日~10日)合わせて143人が参加されました。「認知症ケア加算2」の算定条件に満たす9時間以上のプログラムを受けた参加者全員に修了証書が交付されました。
第1回の研修では初日の9月6日早朝、「北海道胆振東部地震」が発生。地震の影響で講師の小樽病院神経内科診療部長・松谷学氏が上京できなくなったため、2日目に予定していた認知症看護認定看護師の谷川典子氏(兵庫県病院)と市村恵氏(吹田病院)による「入院中の認知症患者に対する看護に必要なアセスメントと援助技術」を繰り上げて実施しました。
松谷氏の講義は急きょ〈神奈川〉横浜市東部病院神経内科部長・後藤淳氏が受け持つことになり、翌7日に診療の合間を縫って本部に駆けつけて行なうなど、済生会の総合力の高さが示されました。
第2回研修では予定通り松谷氏に「せん妄」「認知症の原因疾患と病態・治療」「認知症の行動・心理症状」について講義いただき、「医療者や介護者は認知症患者の感情にもっと介入し、感情に寄り添っていく必要がある」と解説されました。
また、横浜市東部病院の老人看護専門看護師・丸山理恵氏から「認知症に特有な倫理課題と意思決定支援」を、認知症看護認定看護師・橋本佳子氏(富山病院)と松田美紀氏(金沢病院)から「認知症患者とのコミュニケーション方法」「療養環境の調整方法」を講義いただきました。
平成28年度に新設された本研修の修了者は延べ696人となりました。
済生会総研から ―編集後記―
施設の老朽化が進み、再整備の費用も膨大になる等の理由から、83年の歴史のある東京の台所、築地市場が幕を閉じ、2018年10月豊洲市場へバトンタッチされました。土壌汚染の追加対策工事のため2年遅れてのオープンです。当研究所の窓からは、築地市場は見ることはできませんが、豊洲市場は見ることができます。研究所に見学に来られた方に、ご紹介をする際には、「あれがうわさの豊洲市場です」から「先日オープンした豊洲市場です」と説明を変更しなければならなくなりました。新しい豊洲市場は、働く人にとっては慣れない環境のため、移行してからしばらくの間は、多少の混乱があるようです。これから新たな豊洲ブランドが早期に構築されることを期待し、見守りたいと思います。

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