済生会総研News Vol.16

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第15回 ソーシャルインクルージョン論の展開

 ソーシャルインクルージョンという言葉が、ようやく日本でも使われるようになった。新しい言葉が、定着するまでには時間を要する。社会の変化を敏感に捉える地方自治体では、ソーシャルインクルージョンを理念とする政策が推進されている。
 平成12年12月、日本で初めて公文書でソーシャルインクルージョンという言葉を使用し、日本社会での必要性を訴えた。
 その年の1月始め、社会保障の意見交換のため、英国政府の招待を受けて英国を訪れた。意見交換の相手は、保健担当閣外大臣、社会保障政策に精通した議員などの要人だったので、英国の政策の方向を知ることができた。
 昭和50年、10カ月という短期間だったが、英国で社会保障の調査を行う貴重な機会があった。この時に英国の典型的な地方都市を訪れると、教会を中心に住民のつながりが強く、ボランティア活動は活発だった。高齢者も障害者も、住民の援助を受けながら安心して暮らしている姿に接した。これが英国社会を支えていると実感し、日本にとっても参考になると考え、見聞したことを材料にいくつかの論文を発表した。感情が高揚した内容だった。
 平成12年の訪英の際もこのような状況が、英国で存在していると思い込んでいたが、要人から出た発言は、異口同音にこのような状況は、過去になりつつあるという。地域のつながりが弱体化し、失業している若者、障害者、ホームレス(日本のように野宿生活者だけでなく、定まった住居を有しないすべての者をいう)、薬物依存症の者、外国人など異質な者が、地域社会から排除されるようになった。
 地域社会の崩壊は、国家の崩壊につながる。このためソーシャルインクルージョンの理念が英国政治の中核に据えられ、首相直轄の組織を新設し、新規政策が積極的に講じられた。
 ソーシャルインクルージョン政策は、英国だけでなく、フランス、ドイツ、イタリアなどヨーロッパ諸国で広く採用されるようになった。
 1974年、フランスの社会学者ルネ・ルノワールが「社会的排除」という概念を世界で最初に提示し、フランスで貧困者、高齢者、障害者、薬物中毒者など10%が社会から排除されていると論じた。このような状況が、ヨーロッパ各国に広がったのである。最近でも外国人に対する暴力的な排除行動が、日本のメディアで報道される。
 日本でも同様である。平成12年、NHKが「無縁社会」と題するドキュメンタリーで3万人以上の無縁死を報道し、社会に大きな衝撃を与えたが、この状況は、相当以前から日本社会で生じていた。この現象は、多分野で現れ、ますます激化している。日本社会でもソーシャルインクルージョンの研究の深化と具体的事業の実施が急務である。

研究部門 済生会総研 所長代理 松原 了

専門医制度について考える

 専門医制度を進めるにあたっての重要な必要条件は、専門性の認定をどのように客観化できるかという点と、専門医療を受けたいと望む患者がどのように、希望に沿った専門医に到達できるか(アクセシビリティ)、という点である。
 専門性の認定については、規定の研修や(技能)試験を課す、経験値を考慮するなどの方法があるが、審査に客観性をどう取り入れ、反映させるかが課題である。米国のようにプロフェッショナル集団である学会が行うのが望ましいが、国民の信頼に応えるだけの学会の立ち位置が確立されていない。各種学会がたとえ実質的にその任を担うことが可能であっても、客観性の観点からどうしても第三者機関という仕組みが求められるであろう。
 また、試験や審査を行う場合、それに伴う事務量・費用は相当な負担になることから、学会で費用を捻出しマンパワーを備えることは容易ではなく、効率的でない。必然的に専門医機構がその役割を果たすことになるであろう。専門性をどのように測り、実証するかについては、学会の専門性を生かすことが適当であり、既存の認定制度や専門医認定の方策などを参考にしつつ改良することがベストな選択肢であろう。単に経験期間や症例数だけでは不十分かも知れず、筆記や口頭試験などといった要素を審査に取り入れる必要がある。とりわけ外科系においては技量についての厳格な評価が要求される。
 専門医へのアクセシビリティについては、どんな過程を経て、患者が、自分が望む専門医師に到達できるのかが重要である。わが国では、週刊誌やテレビ番組から得る情報以外には、法律上の制約から専門医師に関する情報は知りようがない。偶々、医師の知人がいる患者は、医師の人脈を辿って紹介を得ることはできるが、限定的であり信頼度も必ずしも完全ではないし、公平・公正性から見て適切ではない。
 現在の仕組みでは、一般に初診の医師の出身大学医学部や学会での先輩・友人・知人の縁を基に、専門医師を紹介することが通例だが患者にとっては必ずしも満足たりえないであろう。想定される仕組みは、おおよそ以下の通りになるであろう。
 患者は初診医師に専門医師の紹介を依頼する。医師は第三者認定機関などによって作成された一覧を見せ、患者は交通等の事情を考慮して医師と相談することになるであろう。専門医師の一覧には、現在の広告規制を解除し、医師の専門性にかかる情報等を公開することが前提となるのではないか。これを法的に整備しない限り、患者にとってその使いやすさ、有効性は、現在と五十歩百歩の違いでしかないことになる。

人材開発部門

アドバンス・マネジメント研修

 本年度2回目の開催となる次世代の看護管理者を目指す中堅看護師を対象にしたアドバンス・マネジメント研修Ⅳの第2回を8月22~24日に本部で開催し、56施設から65人が参加されました。7月の第1回と合わせて136人が修了となりました。
 平成26年度から開始したこの研修は今年で5年目を迎えました。次世代の看護管理者を対象とした本部研修はⅠ~Ⅳに分かれており、このアドバンス・マネジメント研修Ⅳが最終段階にあたり、これまでの受講者は約1500人に上ります。
 受講後のアンケートでは「今回の研修で自分の役割は何かを再確認し反省点も見つかった」「日々の業務や今後のマネジメント、キャリア形成においてとても学びになった」という感想をいただきました。

福祉施設リーダー研修

 7月に続く今年度2回目の福祉施設リーダー研修を9月4~5日に本部で開催し、23人が参加されました。プログラムは1回目と同様で、はじめに炭谷理事長が「済生会の福祉事業~社会の期待に応える~」と題し、障害者支援や刑余者の社会復帰など、済生会が果たす役割は大きいと語られました。

 その後、外部講師が担当したグループワークでは、「自分たちが目指す済生会グループの施設のあり方」と「現状における問題点」を参加者同士で議論しました。リーダーとしての心構えやコミュニケーションスキルを学ぶ演習も行なわれました。
 本研修は年2回が通例ですが、今年は3回の計画で、3回目は10月16~17日に岡山市で開催予定です。

認知症支援ナース育成研修

 済生会独自の「認知症支援ナース育成研修」第1回を平成30年9月6~7日に開催しました。初日早朝に「北海道胆振東部地震」が発生したため、予定していたプログラム構成及び講師を急遽変更した上での開催となりました。
 当研修は、平成28年度の診療報酬改定で新設された「認知症ケア加算2」の施設基準である「適切な研修」の指定を受けており、認知症ケア加算2の算定条件を満たす9時間以上の研修参加を無事クリアすることができ、72人の受講者全員に修了証書を交付できました。

 プログラムは2日間の日程で、1日目は済生会兵庫県病院認知症看護認定看護師・谷川典子氏(「認知症ケア加算」「急性期病院での認知症看護の視点」)、谷川氏と済生会吹田病院認知症看護認定看護師・市村恵氏(「入院中の認知症患者に対する看護に必要なアセスメントと援助技術」)、済生会横浜市東部病院の老人看護専門看護師・丸山理恵氏(「認知症に特有な倫理課題と意思決定支援」)から講義いただきました。

 2日目は、済生会富山病院認知症看護認定看護師・橋本佳子氏と済生会金沢病院認知症看護認定看護師・松田美紀氏(「認知症患者とのコミュニケーション方法」、「療養環境の調整方法」)、済生会横浜市東部病院神経内科部長・後藤淳医師(「せん妄について」「認知症の原因疾患と病態・治療」「認知症の行動・心理症状について」)の講義に続き、グループワークを行い、認知症患者の看護・コミュニケーション方法について再認識することができました。
 今年度は2回開催で、第2回は10月9~10日に72名が参加予定です。今年度の修了予定者は144名で、平成28年度から今年度まで修了した延べ人数は697名となる予定です。

看護師長研修

 平成30年度看護師長研修を9月10~12日に本部で開催し、79名が参加しました。

 1日目は、炭谷理事長の基調講演に続き、済生会川口総合病院看護部長・名古屋恵子氏から「看護部長のマネジメント―キラッと輝く看護師長―」と題し、川口総合病院で導入している看護体制の事例をもとに講義いただきました。また、昨年から情報交換の時間を設けており、日頃の悩みを共有し、自施設を振り返ることができる時間となりました。
 2日目は中京大学法科大学院教授・稲葉一人氏の講義「看護倫理と臨床倫理」に続き、高輪心理臨床研究所主宰・岸良範氏による「人間関係とリーダーシップー互いに育てあう職場を目指してー」と題する講義と演習(グループワーク)を行いました。
 3日目は、社会保険労務士法人あい事務所代表社員(所長)・福島紀夫氏(「医療従事者の管理職がおさえるべきこれからの『働き方』と『ハラスメント対策』」)、済生会川口看護専門学校副学校長・櫻井靖子氏と静岡済生会看護専門学校副学校長・吉澤加代子氏(「看護師養成所の現状と課題―就職後の支援―」)の講義いただき、有意義な研修とすることができました。

済生会総研から ―編集後記―

 近頃、肌寒さを感じる朝もあり、秋の深まりを少しずつ実感しています。
 さて、今号(Vol.16)の研究部門では、松原了所長代理より「専門医制度」について、執筆をいただきました。特に、専門医制度を進めるにあたって重要な必要条件として「専門性の認定の客観化」と「専門医へのアクセシビリティ」の2つの観点から論考していただきました。「専門医へのアクセシビリティ」について、患者側にとっては、いかに専門医に到達でき、満足のいく医療や治療が受けられるかは非常に重要なことだと思いました。
 人材開発部門では「アドバンス・マネジメント研修」、「福祉施設リーダー研修」、「認知症支援ナース育成研修」、「看護師長研修」の4つの研修報告をしていただきました。
 このように、済生会の組織内で定期的な研修会が開催されることに加え、それを機に横の繋がりが構築できることは、済生会の強みの一つであると改めて思いました。
 これからも済生会人として、済生会で働いていることに誇りを持って、日々精進をしていきたいと思います。

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