済生会総研News Vol.10
最近、日本の貧困の様相が構造的な変化を示してきたと感じる。これが日本の経済や社会に継続的な影響を与え、日本が、修復困難な問題を内包することになる。しかし、現在の日本人は、貧困に対する関心が薄い。政治や行政も危機感が乏しい。
国民の大半は、貧困を「食べるのにもこと欠く生活水準」と考えている。日本人が貧困としてまず連想するのは、アフリカの飢餓状態の人々で、自分たちには無関係であると考える。絶対的貧困と呼ばれ、19世紀までの先進国の考えだった。
その後経済の発展等に伴い国民の考えは、変化してきた。一方、ブース、ラウントリー、タウンゼント、ギデンズといったイギリスを中心に研究者は、実証的研究をもとに貧困の本質を明らかにし、世界の貧困対策に大きな影響を与えた。学問が、政治に決定的な影響を与えた典型例である。
現在の世界の貧困の考えは、社会の一員として他人と付き合いながら生活できる水準を下回る状態であるとされる。これは相対的水準と呼ばれ、先進国で定着している。日本の生活保護制度もこの考え方に基づき水準が算出されるので、国民の平均消費支出の増加に比例して引き上げられて来た。
貧困層を形成する人は、時代の流れに従い、変化してきた。終戦直後は、海外からの引揚者、産業基盤の壊滅による失業者などである。経済の復興によってこれらの者は、減少する。障害者や病気の人や景気の変動による失業者が貧困層を占めていく。今日では超高齢社会に入って高齢者が貧困層の大宗を占める時代に入った。
これが現在の日本の行政や研究者の共通理解であるが、大きな見落としがないだろうか。
まず非正規雇用者の増加である。給料が低水準の状態で生涯を過ごす。これらの者は、企業や地域などのつながりが脆弱で、社会から排除され、孤立している。年金、住居などの社会保障制度の仕組みは、全く未整備の状態である。高齢になったときの生活が懸念される。
母子家庭の母、ニートなども同様な状態に置かれているのが日本社会の現状である。
1980年代に欧米で「新しい貧困の出現」が指摘されたが、現在の日本社会は、もっと深刻な別の形態の「新しい貧困」が出現している。
生活困窮者対策に取り組む済生会は、これを明確に把握し、社会に警告を発することが求められている。
研究部門
平成30年度の研究実施計画について
● はじめに
平成30年2月1日に第1回研究評価委員会が開催され、済生会総研の研究活動について評価を受け、平成30年度研究実施計画に対する御意見を頂きました。また、2月1日から、吉田護昭研究員が新たに加わり、福祉分野を担当することになりました。
● テーマ別研究課題
テーマ別研究課題は継続6課題、新規3課題の計9課題を設定しました。課題名一覧を表1に示します。
表1 テーマ別研究課題
研究番号 | 分野 | 研究テーマ | 新規/継続 |
---|---|---|---|
テーマ1 | 医療 | DPCデータの利活用を目指した効果的な分析手法の開発と展開 | 継続 |
テーマ2 | 医療 | 済生会の病院のDPC 機能評価係数Ⅱの現状とその課題 | 継続 |
テーマ3 | 医療 | 電子レセプトデータを使用した病院の経営改善に向けた取り組み | 新規 |
テーマ4 | 医療/福祉 | 医療・福祉の質指標の整備と分析評価、活用に関する研究 | 新規 |
テーマ5 | 福祉 | なでしこプランの展開と課題 ―地域の特性に応じた各地の取り組みから― |
継続 |
テーマ6 | 福祉 | 生活困窮者の就労支援における現状と課題 ―刑余者支援に関する済生会モデルの構築と展開― |
継続 |
テーマ7 | 福祉 | 済生会独自の地域包括ケアモデルの確立に向けて ―地域での暮らしを支えるためのまちづくり― |
継続 |
テーマ8 | 福祉 | 済生会DCATの取り組みにおける現状と課題 ―組織化と派遣職員へのサポート― |
継続 |
テーマ9 | 福祉 | 障害者入所施設におけるソーシャルワークの現状と課題 ―済生会5施設のソーシャルワーカーからの聞き取りを通して考える― | 新規 |
● 海外に向けた情報発信の推進
第2期中期事業計画の中で、海外に向けたSAISEIKAIブランドの情報発信を済生会総研が担当することになりました。平成30年度には、海外において保健・医療・福祉を総合的に提供する組織、事例に関して、研究論文、報告書等による情報収集を進めます。また、済生会の活動、済生会総研の研究成果などをSAISEIKAIブランドとして海外に発信します。平成30年度は、インターネット上で英語による情報発信を開始します。さらに、保健・医療・福祉に関する国際学会において、情報収集を行うとともに、済生会に関する学会発表等によって情報発信を行っていきます。
● おわりに
済生会総研は、実践的な研究を目指し、保健、医療、福祉を担う済生会施設の活動の支援を目指していきます。済生会内外の施設との研究ネットワークを構築して共同研究を推進しますので、引き続き済生会総研へのご支援をよろしくお願いします。
人材開発部門
次世代事務部門経営責任者養成研修(略称:次世代幹部研修)
支部・病院・福祉施設の事務職員30名が参加し、3月13日に本部会議室で開催されました。
この研修は、将来、事務部長や福祉施設長等になることが期待される事務職員を対象とし、済生会理念の理解や内部統制・マネジメント能力を身に着けてもらうため、病院長会や事務(部)長会の協力のもと、平成28年度から実施しています。
研修では、済生会の事務幹部職員に必要な知識や心構え等について炭谷 茂理事長、監査指導室(済生会本部)、園田 孝志院長(唐津病院)、 岩本 一壽支部長(岡山県済生会支部)による講義の後、グループワークを実施しました。
グループワークでは、KJ法と呼ばれるブレインストーミング手法を用いて「済生会の事務職リーダーに求められるもの」をテーマに様々な意見を出し合いました。続いて、「事務職リーダーを育てるために必要なこと」について、各施設の取り組みや問題意識を共有した後、参加者は事務部長の視点に立ち課題の解決策やヒントを探り、グループ間および参加者全体でディスカッションを行いました。
参加者からは「済生会職員であるプライド、自覚、誇りを持って仕事をしようと思う」といった感想が聞かれました。なお、当研修の修了者に対して、施設がスキルアップに必要な外部研修を受講させた場合、施設が負担した受講費用の一部に対して補助が行われます。
MSW研修会・生活困窮者支援事業研修会
平成29年度MSW・生活困窮者支援事業研修会が3月14日と翌15日に開催され、MSWを中心に71人が参加しました。
はじめに炭谷理事長による「済生会におけるMSW事業の理論と方法」と題した講演では、「済生会のMSWが日本のMSWをリードしてほしい」との強い期待が寄せられ、続く、川口総合病院の八木橋克美氏、みすみ病院の内田耕人氏、京都府病院の南本宜子氏の各MSWからは、施設における生活困窮者支援の活動状況が報告されました。
2日目は、文京学院大学・中島修准教授による「地域におけるネットワークの構築について」と題した講演が行われ、国の政策の理解と地域におけるネットワーク構築の必要性について考えました。
講演後には、1日目の活動状況報告と合わせ南本氏をコーディネーターとしてグループワークが行われ、「生活困窮者支援のネットワークづくり」をテーマに話し合いが行われました。参加者からは「活動報告が具体的で参考になった」「病院全体で地域に関わることが重要だと感じた」等の感想が寄せられました。
また、1日目の研修終了後の情報交換会ではMSW同士の交流も図られ、昨年に引き続き、障害者の就労継続支援事業を行う熊本済生会ほほえみ「パン工房ふわり」のパウンドケーキや、松山ワークステーション「なでしこ」のクッキーなどがふるまわれました。
済生会総研から
来年度に向けて
これまで、「済生会総研News」を通して、総研の活動等を報告させて頂きました。また、2月の済生会学会では、これまでの研究活動の総まとめとして、各分野における活動報告や実践報告もさせて頂きました。
来年度は、これまで積み重ねてきた研究の『成果』、『結果』を出す1年であります。つまり、これまで総研が「現場の皆様にフィードバックする」と伝えてきたことを実現していかなければなりません。まさに、済生会総研が問われる1年だと思います。
今後も精進を重ねるとともに、新たな気持ちを持って、研究活動に邁進していきます。

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