済生会総研News Vol.45

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第44回 急務の生活保護改革

 前回、貧困研究の必要性を述べたが、その後1月27日の参議院予算委員会で菅総理が、生活困窮者に対する支援について「最終的には生活保護」と答弁し、批判が噴出しているので、再度、貧困問題を取り上げたい。
 推測するに総理自身は、なぜ批判されるのか、すぐには理解できなかったのでないか。総理の発言は、誤っていない。福祉の専門書にも生活保護は「最終的な公的生活保障制度」とか「最後の砦」と表現されている。
 総理発言に対する主な批判は、3つに大別される。
 第1は、生活保護受給に至る前に、国がやるべきことがあるのでないかという批判である。就労や住宅などの支援を手厚くすれば、生活保護は必要ないというケースも多いという立場からである。これは、人間らしい生活、人生の生き甲斐、社会的コストからみて当然の議論と言える。
 第2は、生活保護の受給の壁が高いので、生活保護が実際には機能していないという批判である。その代表として福祉事務所が生活保護の開始に当たって、扶養義務者に対する扶養義務履行の可否の照会がなされることが挙げられている。また、生活保護のスティグマ(恥辱)が申請を躊躇させるという指摘もなされている。
 私の生活保護行政の経験から見て、これらの問題は、根深く存在しているのは事実である。第3は、総理発言の背後には自助努力を強調する意図があるという批判である。総理は昨年10月の所信表明演説で国のかたちとして自助・共助・公助が軸にあると述べ、まず自助を優先し、最後に公助を位置づけているが、これは誤っているという批判である。
 総理の発言は、新自由主義経済を基礎にした考えであろう。新自由主義経済を信奉する総理の有力経済ブレーンも「規制緩和で自由競争を促すことが、日本を豊かにする。競争に敗れても生活保護がある」という趣旨の発言がテレビで流れていた。
 私は、人が危機に陥ったときの対処の方法として、どんな時も自助から始まるのではなく、その状況から自助、共助、公助のうち最も適切なものから、またケースによっては組み合わせで行うことが、最も適切な方法であると考えている。
 現行の生活保護制度は、創設以来70年間大きな改正が実施されなかった。先進国では例外的である。
 この間、国民の生活水準、就労形態、長寿化、家族・親族の実態、医療保険や年金制度、国民意識等生活保護制度のあり方に大きな影響を与える条件は、激変している。本来であれば、生活保護制度は、すでに数度の大改正が実施されるべきだった。
 今回、総理発言によって図らずも日本の生活保護の問題点が明らかになった。これをきっかけに遅きに失したとは言え、最低生活保障制度の抜本的な改革に急ぐべきではないだろうか。

研究部門 済生会総研 研究員 吉田 護昭

調査結果:入所児(者)のコミュニケーションの理解を深めるためのツール開発

 2020年11月号では、重症心身障害児(者)施設の入退所に関する研究結果の報告をした。
 本号では、今年度のもう一つの研究課題である「入所児(者)のコミュニケーションの理解を深めるためのツール開発」について、研究結果の一部を報告する。

1.研究背景
 昨年度(令和元年度)、済生会の重症心身障害児(者)施設全6施設(以下、「6施設」)のアセスメントの現状と課題について調査を実施した。その結果、6施設全体として、医療や身体機能に関する項目を重視している傾向にあり、個別性に関する項目を重視する必要性が明らかとなった。個別性に関する項目を重視するためには、重症心身障害児(者)(以下、「入所児(者)」)の特性を理解することが必要であると考えた。
 そこで、本研究は入所児(者)の特性の一つとして「コミュニケーション」に焦点をあてることにした。入所児(者)の多くは、言語によるコミュニケーションよりも、表情や目の動き、手足等の体の動きなどの非言語によってコミュニケーションを図っている。重症児者にとっては、それらが自らの意思を相手に伝えたり、表現したりする手段や方法である。そのため、施設職員(以下、「職員」)は入所児(者)から表出される様々な非言語による表現や感情を的確に捉え、それが何を意味しているのかを読み取りながら支援を行っている。
 しかしながら、職員は入所児(者)とのコミュニケーションに困難や戸惑いを抱えることがある。その原因として、例えば、入所児(者)の反応が微弱であることや表情の変化を伴わないこと、職員によって捉え方が異なることなどが挙げられる。このことは、先行研究からも明らかにされている。
 これらのことから、入所児(者)の表出する表現や感情を的確に捉え、職員が抱える困難や戸惑い、分からなさ、不安などの軽減が図られ、より入所児(者)の理解が深められることができるツールの開発が必要であると考える。


2.研究目的
 本研究は、入所児(者)のコミュニケーション、特に、非言語コミュニケーションの理解を深めるためのツールの開発を目指す。今年度は、ツールの開発に必要な要素や項目を抽出するために、職員への調査を実施する。
 本研究のツールとは、入所児(者)の表出や反応、その意味について、職員がより根拠に基づいた判断をすることができるための様式とする。


3.研究意義
 開発したシートを現場で活用することができれば、入所児(者)の表出する非言語の新たな気づきや発見、支援方法を見出すきっかけになる。さらに、そのことは、入所児(者)へのより良い支援の提供ができ、QOLの向上にもつながるものと考える。


4.研究方法
(1)調査対象
調査協力の得られた済生会の重症児者施設職員(各2名)
*研究協力者(1名)
*以下の要件をすべて満たす福祉職員(1名)

  • ①重症心身障害児(者)施設に5年以上従事している
  • ②介護(直接的に介護している)に携わっている
  • ③基礎資格は、介護福祉士、保育士のいずれかを所有している

(2)調査期間
 令和2年11月4日~12月2日(調査対象者:計11名)

(3)調査方法
 半構造化によるインタビュー調査(90~120分程度)
 (※新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、Web会議システムZoomを利用)

(4)倫理的配慮
 公益社団法人日本社会福祉士会研究倫理規程にもとづいた研究倫理ガイドラインに則り、研究をすすめた。回答に際する注意点としては、個人や事業所を特定しないこと、個人や施設の評価に利用されたりしないことを口頭ならびに文書にて説明した。本研究は済生会保健・医療・福祉総合研究所倫理委員会の承認を得て実施した。

(5)インタビューガイド

  • 1.入所児(者)とのかかわりの状況
  • 2.入所児(者)とかかわる時の留意点
  • 3.入所児(者)から表出されるサインや反応
  • 4. 職員間での情報共有
  • 5. 今後に向けて(課題や気になる点)

5.分析方法
 録音したインタビュー内容は文字起こし(逐語録)を行い、場面、表出、判断に関する内容を抽出した。分析手順は以下の通りとした。

  • ① 記述内容から読みとれるメッセージを切片化し、場面、表出、判断、それぞれの箇所に記載する。
  • ② すべてのラベルができたら、場面ごとに、グループ分けをする。
  • ③ 入所児(者)の表出に対して、職員による判断を「判断ができる」、「判断ができない」、「判断に迷う」の3分類に整理する。

6.調査結果:入所児(者)から表出されるサインや反応
 74のラベルができ、5場面(日常的ケア、療育活動、趣味嗜好の選択、表出や反応がほとんどない入所児(者)とのコミュニケーション、保護者との面会)に分類した。本来であれば、分類した具体的内容について示すべきであるが、内容量が多いため省略する。
 職員が「判断できる」場合は、入所児(者)の表出や反応が、顔の表情(目の動き、口や舌の動き)や声の変化、指差しやジェスチャーが明確であることが明らかとなった。加えて、心拍数や呼吸数などの数字的な指標も判断の一つとしていた。
 一方で、「判断に迷う」、「判断できない」場合は、入所児(者)の表情による表出や反応が微細である、またはほとんどない、体の筋緊張や手足のわずかな動き(ピクツキ)であることが明らかになった。

7.考察
 「判断に迷う」、「判断できない」場合、職員は入所児(者)の表出や反応、その意味を確実に捉え、支援につなげようとするために、様々な方法で働きかけを行っていた。このことは、職員が入所児(者)の思いに寄り添い、入所児(者)を主体にした支援を考えているからこそ、そうした実践につながっていると考えられる。
 「判断に迷う」、「判断できない」を「判断できる」ようにするために、入所児(者)の特性をより深めることであったり、入所児(者)の表出や反応が出やすい場面を探るなど、入所児(者)の良いところを引き出していくことができるようなかかわりをしていくことが必要と考える。そのためにも、来年度は、本調査の結果をもとに、調査対象者との研究ミーティングを重ね、様式の開発を実現していく。

人材開発部門

令和2年度 アドバンス・マネジメント研修Ⅲ

 中堅看護師(全国済生会看護職教育体系クリニカルラダー・レベルⅢ~Ⅳ以上)を対象としたアドバンス・マネジメント研修Ⅲが1月20日~22日、Zoomによるオンラインで開催された。
 70施設から70名が参加した。
 炭谷茂理事長による基調講演「看護に関する済生会原論~新型コロナによる転換期での済生会の進む方向~」、済生会中央病院副院長兼看護部長・樋口幸子氏による講義「~より輝ける看護師を目指して~」に続き、高輪心理臨床研究所主宰・岸良範氏から「人間関係とリーダーシップ互いに育てあう職場を目指してー」と題して講義と演習、グループワークが行われた。「創造的な人間関係」構築のためのコミュニケーション、リーダーシップのあり方について大変有意義な研修となった。

―編集後記―

 もうすぐ、ひな祭りですね。現在の住まいには、三段飾りを飾るスペースがないため、地元の山口県に置いてきています。雛人形を飾ることができず3年が過ぎてしまいました。今年こそは、雛人形を飾ろうと思ってたところ、とある雑誌に、地元の民芸品である大内人形(大内塗)が紹介されていて、これだと思い、購入しました。大内人形は、丸顔におちょぼ口、切れ長の目もとが特徴で、お土産物としても人気があります。 どこでも飾れるサイズ感がちょうど良く、人形の表情もどことなく、ホッとする可愛さがあります。私は大満足で、改めて地元の良さに触れるよい機会となりましたが、娘はどこか物足りなさを感じているようです…。(吉田護昭)

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