済生会総研News Vol.32

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済生会総研の視点・論点 済生会総研 所長 炭谷 茂
第31回 階層変化からの考察

 近年、日本社会の変化は、激しい。これに対応して階層構造は、複雑化している。
 階層は、社会学の重要概念で、P.ソローキン(ハーバード大学教授)によって提案されたが、今日でも内外の社会学者から多くの研究報告がなされている。現代社会を分析するために有益な概念となっている。
 イギリス政府が発表する統計調査資料には、所得、職業、出身国等の階層による緻密な分析がなされるものがあり、大変有益な情報が得られる。
 イギリスでは古くから児童虐待が、多数発生している。動物記で知られるシートンは、イギリスで生まれたが、父親から激しい虐待を受け、精神的ダメージを受けたと伝記に書かれている。イギリスでは児童虐待の分析を階層の見地からなされ、対策に有益なデータを提供する。児童虐待の発生は、低所得や海外出身の家庭に多発することを明らかにしている。児童虐待の根本的な解決には、貧困対策やソーシャルインクルージョン政策が不可欠であることが分かる。
 筆者がイギリスに滞在していたとき、義理の父親が、ジャスミンちゃんという女児を殺害するという事件が発生した。この家庭も外国出身で貧困だった。事件は、タイムズやガーディアンという高級紙やBBCで連日大きく報道され、政治や社会を大きく揺るがした。担当ソーシャルワーカーは、職務義務違反で検挙された。この事件を受けて政府は専門家による調査委員会を設置し、児童虐待対策が抜本的に改善された。
 日本でも近年、児童虐待が多発するようになったが、イギリスと同様の政府による詳細な分析は、寡聞にして知らない。平成2年に厚生省(当時)が児童虐待の対応件数の調査を開始したが、件数、虐待内容、被害者と加害者の関係に留まっている。
 東京都等の自治体では所得階層分析をしているが、今日の深刻化する児童虐待の現状を考えると、各種の関係する階層の観点から分析できる全国調査を実施することが、効果的な対策を構築するために不可欠である。児童相談所の職員の増強という対症療法に留まっていては、今後も児童虐待が、増加していくことは疑いようがない。
 階層の概念が提案された当初、職業、所得など限られた要素による分析はなされたが、現代の日本社会では資産、居住地、学歴、専門知識・技術、情報へのアクセス、友人・知人等とのネットワーク、ジェンダー、出身国などたくさんの要素による分析が必要になっている。
 最近の日本の医療や福祉サービスでは階層による格差が目立つ。富裕層を顧客とした医療・福祉サービスが大都市を中心に増加する一方、貧困者に対するサービスは、悪化する現象が見られる。
 この認識を基に、済生会総研は、医療・福祉サービスの階層分析を進め、望ましいあり方を考察していかなければならない。

研究部門 済生会総研 上席研究員 持田 勇治

地域包括ケア病棟運用の最適化の検討

 診療分野の新テーマ「地域包括ケア病棟運用の最適化の検討」の第1回研究ミーティングを令和元年10月29日・30日に愛媛県済生会松山病院で開催しました。
 当研究の客員研究協力員は、▷済生会向島病院事務次長・名古屋和也▷香川県済生会病院医事課課長補佐・山形篤史▷済生会松山病院医事課主任 山中 信也▷済生会今治病院 医療情報課課長心得・矢野清久▷済生会西条病院医事課長・宮竹浩史▷済生会二日市病院医事課入院係長・高原裕一です。

 すでに、客員研究協力員の病院をはじめ多くの病院で地域包括ケア病棟入院料・入院医療管理料(以下「地域包括病棟」)の算定を開始しています。ミーティングでは、当研究の2つのテーマの進め方、研究内容等についての話し合いを行いました。
 ①地域包括病棟導入後の経済的評価
 一般入院料から地域包括病棟へ移行した場合の試算を行うシミュレーションツールの作成とそのツールを済生会病院へ提供することを目指しています。
 ミーティングの中で、地域包括病棟導入の効果を把握するために、地域包括病棟から一般入院基本料へ移行した影響額を算出する機能も必要ではないかとの意見が出されました。
 ②地域包括病棟のベッドコントロールについて
 地域包括病棟のベッドコントロールは、重症度・医療看護必要度、在宅復帰率、リハビリの実施、入院日数(60日間を限度)、日当点、直接入院の割合等の様々なモニタリングを行うことが重要であることを確認しました。向島病院で行われているチェック指標を基に、そのほかの研究協力員の病院でも、算出可能でかどうかについて確認することとしました。このところ、令和2年4月の診療報酬に向けて中央社会保険医療協議会(中医協)から地域包括病棟においても見直しが行われるとの報道があります。第439回中央社会保障医療協議会(令和元年12月6日)では次のような検討内容が公表されています。

【論点】入院医療(その4)抜粋
 ○急性期病床からの受け入れについて、特に許可病床数200床以上の医療機関において自院の一般病床からの転棟・転室が多くを占めていることを踏まえ、自院からの転棟割合に一定の制限を設けてはどうか。
 ○DPC対象病棟から地域包括ケア病棟・病室に転棟・転室する場合に算定する報酬が異なっていることについて、患者の状態に応じた適切な医学管理を妨げないよう、算定する点数をDPC/PDPSにおける診断群分類の点数に一本化してはどうか。その際、DPC/PDPSの点数設定の考え方に基づき、当該点数を算定するのはDPC対象病院全体の平均的な在院日数である入院期間Ⅱまでの期間としてはどうか。
 正式告示にはまだ少し時間がかかるようですが、令和2年度診療報酬改定では地域包括病棟の制約が強化されることになると考えられます。ついては、各病院では地域包括病棟への移行の判断基準の変更やベッドコントロールの大きな見直しが必要になるのかもしれません。当研究ではこれらの改定内容を含めて検討を進めていきたいと考えています。

人材開発部門

MSV・生活困窮者支援事業研修会

 令和元年度MSW・生活困窮者支援事業研修会が1月9~10日に開かれ、MSW70人が参加した。
 炭谷理事長が「済生会におけるMSW事業の理論と方法」と題して講演し、「済生会のMSWが日本のMSWをリードしてほしい」と強い期待を述べた。続いて、済生会川俣病院の櫻井公大氏、済生会富田林病院の吉松利通氏、済生会松阪総合病院の奥村裕司氏、山本泰広氏が、各施設の無料低額診療事業、生活困窮者支援事業の実践状況を報告した。

 2日目は、神奈川県立保健福祉大学の山崎美貴子名誉教授・顧問が「地域を基盤としたソーシャルワークの動向と特質」について講演。ソーシャルワーカーが担うべき役割や、エコマップの活用、社会資源の分類について学んだ。講演後のグループワークでは、各グループでエコマップを作成し利用者のための社会資源について話し合った。1日目の実践状況報告と併せ吉松氏がコーディネーターを務めた。情報交換会では、障害者就労継続支援事業を行う熊本済生会ほほえみ「パン工房ふわり」のパウンドケーキや、松山ワークステーション「なでしこ」のクッキーなどが用意され、参加者同士、交流を図った。
 参加者からは「MSWの業務が済生会の理念と密接につながっていることを感じた」「MSWとして地域での生活をどのように支援するのか、理論やツールを学ぶことが出来た」などの感想があがった。

―編集後記―

 新国立競技場が完成し、2019年12月21日に施設のオープニングイベントが行われました。これから行われるオリンピックやパラリンピックで多くのドラマを生み出すことを期待します。
 あまり知られていないのですが、旧国立競技場には競技場内にスポーツジムがあり、週に何回かは、トラックを使ってのランニングスクールが開催されて、多くの市民ランナーの練習の場として活用されていたことを思い出します。

(持田 勇治)

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